AI概要
【事案の概要】 本件は、昭和42年8月に茨城県で発生した強盗殺人事件(いわゆる布川事件)について冤罪被害を受けた原告が、国および茨城県に対し、総額約3億4000万円余の国家賠償を求めた事案である。 事件の概要は以下のとおりである。茨城県北相馬郡の男性宅で被害者が殺害され金品が奪われるという強盗殺人事件が発生した。原告は、同年10月、別件の窃盗事件で逮捕・勾留された上で強盗殺人事件について取調べを受け、本件犯行を自白するに至った。原告と共犯者とされたAAは、いずれも本件強盗殺人事件で起訴され、確定審第一審および第二審で有罪判決を受け、上告棄却により無期懲役が確定した。原告は約29年間服役した後、平成8年11月に仮釈放された。 その後、第二次再審請求審で新証拠の開示が進み、原告を目撃したとされた証人の初期供述や、捜査段階で録音されながら存在しないとされていた取調べ録音テープ(10.17原告録音テープ)の存在などが明らかとなった。水戸地裁土浦支部は再審開始を決定し、平成23年5月に再審無罪判決が言い渡され、同年6月確定した。原告は既に刑事補償給付として約1億0456万円(1日当たり1万2500円の最高額)を受給していたが、刑罰執行や再審に至るまでの財産上・精神上の損害の填補としては不十分であるとして、本件国家賠償請求訴訟を提起した。 【争点】 争点は多岐にわたるが、①別件窃盗事件逮捕・勾留が令状主義を潜脱する別件逮捕として違法か、②警察官および検察官による取調べに違法があるか(脅迫・偽計・誘導・自白強要等)、③捜査報告書の改ざん等の違法があるか、④検察官による起訴に違法があるか、⑤確定審公判における警察官の偽証や検察官の証拠不開示に違法があるか、⑥再審請求審・再審公判における検察官の活動に違法があるか、⑦原告の損害額および刑事補償給付との損益相殺、⑧国賠法4条・民法724条後段の除斥期間の起算点等である。 【判旨】 東京地裁は、原告の請求を一部認容した(認容額7600万8757円)。 別件窃盗事件逮捕・勾留および本件強盗殺人事件の逮捕・勾留自体の違法性は否定した。また、本件起訴も、起訴時の証拠資料を総合すれば合理的判断過程により有罪と認める嫌疑はあったとして、違法とはしなかった。 他方、警察官による取調べについては、AU警察官がアリバイ供述を虚偽と決めつける偽計を用いたこと、被害者宅内のロッカーの鍵の番号に関する供述を誘導したこと等が、社会通念上相当と認められる方法・態様を超えるものとして違法と認定した。 捜査報告書の改ざん等の違法は否定したが、確定審公判における警察官の活動については、取調べ録音テープが1本のみであると繰り返し証言した点(10.17原告録音テープの存在を隠蔽したこと)について、故意に虚偽の証言をしたものとして違法と認めた。 検察官の活動については、公益の代表者として、手持ち証拠のうち裁判結果に影響を及ぼす可能性が明白なものについては開示義務を負うとした上で、AC・AG・AH・AIら目撃証人の初期供述に関する供述調書・捜査報告書の開示を弁護人から特定して求められたにもかかわらず、合理的理由なく開示を拒絶した点を違法と認定した。 損害額の算定では、違法行為がなければ確定審第二審で無罪判決が出ていた蓋然性が高いとし、昭和48年12月21日から仮釈放日までの逸失利益(中卒男子賃金センサス基準、生活費控除5割)および慰謝料3000万円、仮釈放後の逸失利益・慰謝料300万円、弁護士費用等を認めた。刑事補償給付は、遅延損害金ではなく元金に充当するとして損益相殺を行った(最判平22.9.13等参照)。除斥期間については、有罪判決の執行等による損害は再審無罪確定までは損害として取り扱えないため、除斥期間の起算点は再審判決確定日(平成23年6月8日)であると判示し、経過していないとした。 本判決は、捜査段階から確定審・再審請求審に至るまでの冤罪事件における国家賠償責任を広範に検討した事例として、検察官の証拠開示義務の範囲や、冤罪被害に関する除斥期間起算点の判断など、実務上重要な意義を有する。