課徴金納付命令処分取消等請求事件
判決データ
AI概要
【事案の概要】 本件は、シンガポールで設立された投資運用会社である原告が、ケイマン籍のファンドの受託者と締結した投資一任契約に基づき資産運用を行っていたところ、東証一部上場の日本板硝子株式会社の株式売付けに関し、金融商品取引法(金商法)違反を理由として、金融庁長官から平成26年12月26日付けで課徴金804万円の納付命令(本件処分)を受けたことから、その取消し等を求めた事案である。 本件処分の理由は、原告のファンドマネージャーであるAおよびBが、平成22年7月27日、日本板硝子の公募増資の引受証券会社となるJPモルガン証券のセールストレーダーであるCから、同人が職務上知った「日本板硝子が公募増資を行うことの決定」という重要事実の伝達を受け、公表前である同日から同年8月24日までの間に日本板硝子株の空売り等を行ったことが、情報受領者によるインサイダー取引を禁止する金商法166条3項(平成23年改正前)に違反するというものである。原告は当初本件処分の取消しを求める訴えと国家賠償請求を提起したが、その後、審判手続を担当した審判官らが任命資格を欠くとの主張を追加し、本件処分の無効確認を求める訴えを主位的請求に据えた。 【争点】 主な争点は、(1)審判官の任命資格や審判手続の適法性に関する本件審判手続の有効性(主位的請求関係)、(2)CがJPモルガン証券の株式資本市場部(ECM)所属者との職務上の関わりを通じて本件重要事実を「職務に関し知った」といえるか(金商法166条1項5号)、(3)CがAらに対し本件重要事実を「伝達」したといえるか(同条3項)、(4)金融庁長官らに国家賠償法上の違法があるかである。 【判旨】 裁判所は主位的請求および国賠請求を棄却する一方、予備的請求である本件処分の取消請求を認容した。 主位的請求について、裁判所はまず、金融庁設置法25条2項の「金融庁の職員のうちから」命ずるとの要件は、審判官に任命されると同時に金融庁職員の身分を取得する場合でも充足されると解し、検事任命と同日付けで審判官および内閣府事務官に併任されたI審判官らの任命は適法であると判断した。また、「必要な法律及び金融に関する知識経験」の要件について、金融庁長官には広範な裁量が認められ、判事・判事補経験者を審判官に任命したことは裁量権の逸脱濫用に当たらないとした。 予備的請求について、裁判所は、Cが平成22年7月中旬頃には市場関係者間の噂を通じて日本板硝子の公募増資が近いとの認識を持っていたと認めつつ、かかる認識は株式市場の状況分析から得られる推測の一つでもあり得たとし、ECM所属者DからCに対する連続的なフロー照会や、情報隔壁の外にあった株式営業部の発言等からは、本件公募増資の実施が「確実なもの」として裏付けられたとはいえないとして、Cが本件重要事実を「職務に関し知った」と認めることはできないとした。さらに仮にCが重要事実を知っていたとしても、本件チャット(「注目に値します」等の抽象的な記載)をもってAへの「伝達」があったとは認められず、Aが公表直前に200万株超の売り建玉を全て解消したことも情報受領者の行動として不自然であることから、伝達の事実を認めることができないと判示した。これによりインサイダー取引該当性は否定され、本件処分は違法として取り消された。 国賠請求については、金融庁長官や調査官に職務上通常尽くすべき注意義務違反があったとまではいえず、請求を棄却した。 本判決は、情報受領者型インサイダー取引について、「職務に関し知った」ことの立証に内部情報による裏付けを厳格に要求し、市場の噂や推測と内部情報とを慎重に区別した点、および抽象的なチャットの表現からは「伝達」を認めない点で、課徴金実務に対する重要な指針を示したものといえる。