遺族補償年金等不支給処分取消請求事件
判決データ
AI概要
【事案の概要】 株式会社Nの札幌工場で障害者雇用枠の臨時事務職員として勤務していた亡Aが自殺した事案につき、亡Aの母である原告が、自殺の原因は上司Bの発言及び本件会社が亡Aの要望に応じて業務量を増加させなかったことにより極度に強い心理的負荷を与えられたためであるとして、札幌東労働基準監督署長がした労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分の取消しを求めた事案である。 亡Aは、本件会社での勤務開始以前の平成21年頃からうつ病(ICD-10のF32エピソード)にり患しており、障害等級3級の認定も受けていた。障害者相談支援事業所や特定非営利活動法人Rの支援を受けつつ、平成24年11月、障害者雇用枠で本件会社と雇用契約を締結した。勤務開始当初は順調に仕事をこなしていたが、平成25年4月19日、亡Aが上司Bに業務量が少なく辛い旨を訴えたところ、Bが「障害者の雇用率を達成するため」に雇用されたという内容の発言(本件発言)をした。亡Aは、この発言にショックを受けて早退・欠勤し、その後も業務量への不満や体調不良を訴え続け、同年7月末から約1か月欠勤した後、平成25年▲月、縊首により死亡した。 【争点】 争点は、①精神障害を有する労働者の業務起因性(業務と死亡との相当因果関係)をいかなる基準によって判断すべきか、②本件発言及び本件会社が業務量を増加させなかったこと(本件不作為)によりうつ病が悪化し自殺に至ったと認められるか、である。原告は被災労働者本人を基準とすべきと主張し、被告は厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準」に従うべきと主張した。 【判旨】 札幌地裁は、原告の請求をいずれも棄却した。 判断基準につき、危険責任の法理及び「ストレス-脆弱性理論」を踏まえ、被災労働者本人を基準とする主観的判断は相当ではなく、また健常者である平均的労働者を基準とすることも相当ではないとし、「当該労働者と職種、職場における立場及び経験並びに精神障害の程度の点で同種の平均的労働者」を基準として、心理的負荷が業務外の要因及び個体側要因に比して相対的に有力な要因となって精神障害を悪化させ死亡に至ったと認められるか否かを判断すべきであるとした。そして、認定基準(平成23年12月26日付け厚生労働省労働基準局長通達)は、専門検討会による医学的・法学的検討の成果として合理的であり、相当因果関係の判断における重要な指針となるとした。 本件発言については、亡Aを雇用した経緯からすれば「障害者の雇用率を達成するため」という表現に誤った情報は含まれていないものの、亡Aに対する否定的評価と受け取られかねない不適切な発言であったとして、認定基準別表1項目30「上司とのトラブルがあったこと」に該当し、心理的負荷の程度は「中」と判断した。また本件不作為については、Bが亡Aの申出を受けて業務量増加を検討し、生産管理班への異動等の措置を講じていたことを認定し、使用者側の合理的な裁量の範囲内の対応であったとして、心理的負荷を生じさせる具体的出来事には該当しないとした。 総合評価として、亡Aに対する心理的負荷を生じさせる具体的出来事は「上司とのトラブル」のみでその程度は「中」にとどまるから、認定要件②(対象疾病の発病前おおむね6か月の間に業務による強い心理的負荷が認められること)を満たさず、亡Aのうつ病の悪化及び死亡が本件会社の業務に起因するとは認められないと結論づけた。 本判決は、既に精神障害を発病している労働者についての業務起因性の判断基準を明示し、障害者雇用枠で雇用された労働者に対する上司の配慮不足の発言や業務量配分の問題が労災認定につながるかを丁寧に検討した事例として、実務上重要な意義を有する。