AI概要
【事案の概要】 本件は、福島第一原子力発電所の事故直後である平成23年3月24日、3号機タービン建屋地下1階の電源盤にケーブルを接続する緊急作業に従事した下請労働者(原告)が、被ばくによる精神的苦痛を被ったとして、東京電力(被告東電)、元請・一次下請の各社(被告会社ら)に対して損害賠償を求めた事案である。 原告は2次下請会社の従業員として、被告会社側の作業員らとともに6名の作業チームを編成し、本件作業に従事した。作業開始後、先行して地下1階に入ったチームリーダーら3名のAPD(警報付ポケット線量計、アラーム設定値は積算20mSv)が連続音を発し、退避が求められる状況となったが、リーダーらは前日の空間線量測定値が0.5mSv/h程度と低かったことからバッテリー切れと判断し、原告が作業中止を申し出たにもかかわらず作業を続行させた。その後、別チーム(柏崎チーム)が地下1階で少なくとも300mSv/hの空間線量を測定し退避したこと等を受け、ようやくチームは退域した。原告の外部被ばく量は10.81mSv、内部被ばく量は最大でも5.8mSv(仮に本件作業日に摂取と仮定した場合)と評価された。 原告は主位的に、被告らに対し安全配慮義務違反および使用者責任(民法715条)に基づき慰謝料・弁護士費用合計1100万円を、予備的に被告東電に対し原子力損害賠償法(原賠法)3条1項に基づき同額を請求した。 【争点】 争点は、(1)原賠法が適用される原子力損害について民法上の不法行為責任・債務不履行責任(安全配慮義務違反)を追及できるか(原賠法の責任集中の効果)、(2)原告が本件作業により受けた精神的苦痛は原子力損害として賠償に値するか、の2点である。 【判旨】 裁判所は、原賠法3条1項・4条1項につき、原子力事業者に無過失責任を集中させ被害者への確実な賠償と原子力事業の健全な発達を両立させる趣旨と解し、民法上の不法行為責任および同一事実関係を責任原因とする安全配慮義務違反に基づく債務不履行責任は、原賠法の責任集中により適用が排除されるとした。したがって原告の主位的請求はいずれも棄却された。 次に、予備的請求(原賠法3条1項に基づく請求)については、原子力損害には放射線作用と相当因果関係のある損害(精神的損害を含む)が広く含まれると解したうえで、損害の有無を検討した。裁判所は、ICRP2007年勧告やUNSCEAR2010年報告、ワーキンググループ報告書、各種意見書・疫学調査等を詳細に検討し、100mSv以下の低線量被ばくによる発がんリスク増加はLNTモデルを放射線防護上の仮定として採用する立場が有力であるものの、科学的に実証された知見として確立されているとまでは認められないと判断し、原告が健康に影響が及ぶ程度の被ばくをしたことを前提とする精神的苦痛の主張は採用できないとした。 もっとも裁判所は、先行して地下に入った作業員のAPDが20mSv相当の反応を示し、退避が原則として求められる状況下であったにもかかわらず、原告は作業中止を申し出たが聞き入れられず、本件建屋にとどまることを余儀なくされたと認定し、漠然とした不安ではなく健康被害を生じるかもしれないという具体的な危惧・恐怖を覚える程度の精神的苦痛を受けたと評価した。他方、原告が放射線防護教育を受け、水素爆発等を認識しつつ緊急作業への従事を選択したこと、実際の被ばく量がアラーム設定値を下回ること、白血球数も基準値内にとどまること等の事情を総合考慮し、慰謝料30万円に弁護士費用3万円を加えた合計33万円を原子力損害として認容した。 本判決は、原発事故の収束作業に従事した下請労働者の被ばくに関する民事責任の帰属について、原賠法の責任集中原則を厳格に適用したうえで、予備的請求の枠組みのなかでアラーム鳴動下での作業継続という特殊な状況を捉え、実際の被ばく量が法令の限度を下回る場合でも、退避が求められる場面で作業継続を強いられたことによる精神的苦痛自体を独立の原子力損害として評価した点に実務的意義がある。