債務不履行に伴う契約解除により返金請求と,その契約不履行と相当因果関係にある損害の賠償請求控訴事件
判決データ
AI概要
【事案の概要】 本件は、電子ファイル構造に関する特許(特許第5926470号)の特許権者である控訴人(一審原告)が、同特許発明について米国特許出願をするに当たり、被控訴人(プロパテント株式会社)に対し願書添付の明細書等の英語翻訳を依頼したところ、被控訴人が作成した翻訳に誤訳や改ざんがあったとして、契約代金の返還及び損害賠償を求めた事案の控訴審である。 控訴人は、平成28年1月頃、パリ条約に基づく優先権主張期限(同年5月26日)を控えた米国特許出願のため、被控訴人に翻訳を委託した。しかし本件契約の締結に際し契約書は作成されず、翻訳対象である和文は特許請求の範囲を含めて確定しておらず、和文確定の期限についても明確な合意がなかった。控訴人は翻訳対象を断続的に修正し、自らインド人弁理士にチェックさせたり翻訳ソフトを購入して確認する予定でもあった。 原審(東京地裁)は、主位的請求(債務不履行に基づく契約解除・損害賠償、代表者Aに対する会社法429条1項責任、不法行為責任)及び予備的請求(請負契約の担保責任)をいずれも棄却した。控訴人は原判決中被控訴人に関する部分を不服として控訴し、控訴審では敗訴部分のうち翻訳部分の契約代金206万2000円及び遅延損害金のみを対象とした。さらに控訴人は当審において、本件契約は翻訳と出願補助が複合した準委任契約であるとして、担保責任による解除に基づく代金返還請求を追加した。 【争点】 本件の主要な争点は、(1)本件契約が翻訳と出願補助の複合した準委任契約か、それとも翻訳のみの請負契約か、(2)被控訴人による翻訳に誤訳・改ざんといった瑕疵が存在するか、(3)請負契約の担保責任について除斥期間が経過しているか等である。控訴人は「一巡」を「round robin」、「一巡の遷移」を「round robin proliferation」と訳した点、明細書の一部が訳されていない点、「is limited to」と訳された部分(正しくは「is not limited to」)など、多数の誤訳・改ざんを主張した。 【判旨】 知的財産高等裁判所第2部は控訴を棄却するとともに、当審で追加された請求も棄却した。 まず契約の性質について、Bが作成した文書は米国出願の支援者を紹介してほしいとの控訴人の依頼によりAを紹介した旨を記載するにすぎず、本件契約に出願補助が含まれていたとは認められないとして、本件契約は翻訳の請負契約であると判断した。優先権期限、データが翻訳者の手元に残ること、特許審査ハイウェイ(PPH)利用予定なども準委任契約性を基礎付けないとした。 次に瑕疵の有無について、本件明細書は本文のみで69頁に及ぶ大部かつ難解な文書であり、「一巡」など控訴人独特の用語が用いられていたこと、翻訳対象和文が確定しないまま控訴人が修正を繰り返したこと、控訴人自身もインド人弁理士や翻訳ソフトによるチェックを予定していたこと等の事情を踏まえれば、本件契約で要求される翻訳は「本件特許発明の技術的意義や内容を踏まえた英語として意味が通用するもの」であり、完璧な翻訳までは求められておらず、最終的な語句選択は控訴人が自己の責任で、あるいは被控訴人と相談しつつ決定することが予定されていたと認定した。 その上で、「round robin」を用いた翻訳は適切とは言い難いものの、甲9を読めば意味を把握可能であり瑕疵とはいえない、「is limited to」は誤記であるが容易に読み取れる、「proliferation」は「増殖」の意味があり誤訳ではない、要約の一部不訳も日本文自体が不明瞭であるなど、控訴人が指摘する各点はいずれも本件契約で前提とされた翻訳の性状に照らし瑕疵に当たらないと判断した。したがって被控訴人に瑕疵担保責任はないとして、控訴を棄却した。 本判決は、技術分野の特許翻訳において、発注者側の事情(和文未確定、期限の切迫、独自用語、発注者自身によるチェック予定等)を踏まえて「契約において予定された性状」を具体的に認定した事例として、特許翻訳実務における発注者・受注者双方のリスク分担の在り方に示唆を与えるものである。