AI概要
本件は、ハンセン病患者の家族である原告ら(約560名、元患者の親・子・兄弟姉妹・配偶者・同居親族)が、明治40年の癩予防ニ関スル件以来のハンセン病隔離政策等によって、患者本人のみならず家族までもが強烈な偏見差別の対象とされる社会構造が構築・強化され、現在に至るまで社会内で平穏に生活する権利を侵害され家族関係の形成を阻害され続けているとして、国に対し国家賠償法1条1項に基づき1人550万円(慰謝料500万円+弁護士費用50万円)の損害賠償および朝日新聞など全国紙5紙への謝罪広告の掲載を求めた事案である。 【事案の概要】 ハンセン病(らい菌による慢性感染症)は、戦後プロミン等の有効な治療法が確立し、伝染性も極めて弱いことが明らかになったにもかかわらず、国は昭和28年制定の「らい予防法」(新法)のもと絶対隔離政策を継続し、患者家族も「未感染児童」や「癩患家」として管理・消毒・優生手術等の対象とした。このため、社会には「ハンセン病=強烈な伝染病=隔離すべき」との集合的意識としての偏見が形成・固定化され、患者家族は結婚・就学・就職・交際等あらゆる場面で不当な差別を被り、一家心中事件(秋田・香川・熊本・山梨など)や黒川温泉宿泊拒否事件(平成15年)等の悲劇も生じた。平成8年にらい予防法は廃止されたが、平成13年の熊本判決(患者本人に対する違憲・違法を認めた判決)以降も、国は患者家族に対する謝罪や被害回復措置を講じてこなかった。 【争点】 主要な争点は、(1)厚生大臣・厚生労働大臣、法務大臣、文部大臣・文部科学大臣、国会議員それぞれについて、隔離政策等を先行行為とする家族被害の回復(偏見差別除去・啓発活動・家族関係回復施策)に向けた国賠法上の作為義務ないし立法義務が成立するか、(2)原告ら共通の権利侵害・共通損害の有無と一律請求の可否および額、(3)謝罪広告請求の可否、(4)消滅時効の起算点である。 【判旨】 熊本地裁(遠藤浩太郎裁判長)は、原告らのうち別紙認容原告一覧表記載の原告らの請求を一部認容し、同表の「原告番号」欄記載の各原告に対し、認容額欄記載の金員と平成28年8月23日または同年12月9日から支払済みまで年5分の遅延損害金の支払を国に命じた一方、棄却原告一覧表記載の原告らの請求および謝罪広告請求は棄却した。 裁判所は、昭和35年の時点でハンセン病隔離政策等が公衆衛生上合理的根拠を失い新法の隔離規定は違憲状態にあったと認定し、①厚生大臣・厚生労働大臣には隔離政策の抜本的転換義務および患者家族への偏見差別除去義務・家族関係回復施策義務が、②法務大臣・文部大臣・文部科学大臣には所管分野における啓発活動義務が、③国会議員には昭和40年以降の新法隔離規定廃止義務(平成8年まで懈怠)があったと判断し、これら作為義務違反ないし立法不作為を国賠法1条1項の違法として認めた。新法の隔離規定は憲法13条が保障する原告らの「社会内において平穏に生活する権利」を侵害するもので、その違憲性は遅くとも昭和35年には明白であったとし、国会が正当な理由なく長期にわたり改廃を怠ったことは立法不作為固有の違法性も満たすとした。 損害額は、一律請求の趣旨を踏まえて類型化し、平成13年末までに差別を受ける地位に置かれたことによる慰謝料として一律30万円、入所患者との家族関係形成阻害による慰謝料として、入所者が親子または配偶者である場合は一律100万円、兄弟姉妹のみの場合は一律20万円を認め、これに1割の弁護士費用を加算した。他方、平成14年以降は因習的偏見の影響が大きく国の不法行為は認められないとし、謝罪広告請求は棄却した。消滅時効については、原告らが被告を加害者と認識しその行為が不法行為を構成すると判断することは困難であったとして、平成27年9月9日(鳥取地裁の先行判決後に代理人から指摘を受けた日)以降を起算点とし、平成28年2月・3月の本訴提起時点で時効は完成していないと判断した。本判決は、ハンセン病政策による家族被害について国の責任を初めて正面から認めた画期的判断であり、その後の与党提案による家族補償法(2019年11月成立)制定の契機となった。