AI概要
【事案の概要】 本件は、特許無効審判における不成立審決の取消しを求めた審決取消訴訟である。被告らが有する「海生生物の付着防止方法およびそれに用いる付着防止剤」に関する特許(特許第5879596号)は、火力発電所や原子力発電所の復水器の冷却水として用いられる海水冷却水系において、取水路壁や配管内に付着するムラサキイガイ・フジツボ類など海生生物の付着を防止する方法に関するものであった。本件特許発明の特徴は、従来の次亜塩素酸ナトリウム等の塩素剤に代えて、海水中に二酸化塩素と過酸化水素とを同時または順次添加し、両者を海水中に共存させる点にある。 原告(内外化学製品株式会社)は、本件特許について進歩性欠如を理由に特許無効審判を請求したが、特許庁は、甲1号証(特公昭61-2439号公報)及び甲5号証(特開平8-24870号公報)を主引用例とした原告の無効主張をいずれも退け、本件審判請求は成り立たないとの審決をした。審決の主たる理由は、甲1発明の有効塩素発生剤は過酸化水素との酸化還元反応によって一重項酸素を発生させることを目的とする化合物であるから、一重項酸素を発生させない二酸化塩素に置換する動機付けがなく、また本件発明は当業者が予期し得ない顕著な効果を奏するというものであった。原告はこの審決の取消しを求めて本訴を提起した。 【争点】 主たる争点は、(1)甲1発明の有効塩素発生剤を二酸化塩素に置換することの容易想到性(動機付けの有無及び阻害要因の有無)、(2)本件発明が当業者の予期し得ない顕著な効果を奏するといえるかの2点である。 【判旨】 知財高裁第4部(大鷹一郎裁判長)は、本件審決を取り消した。 裁判所はまず、甲1には有効塩素発生剤と過酸化水素との組み合わせにつき一重項酸素の発生により相乗的に抑制効果が高まると「考えられる」と推論が記載されているにとどまり、実証データにより裏付けられたものではなく、しかも甲1の実施例3では一重項酸素の発生を想定できない過酸化水素とヒドラジンの併用によっても同様の抑制効果が得られていることから、甲1発明の付着抑制メカニズムを一重項酸素発生に限定して理解することはできないと判示した。そして、本件優先日当時、二酸化塩素は塩素や次亜塩素酸ナトリウムに替わるトリハロメタン非生成の環境負荷の小さい海生生物付着防止剤として周知であり、より高い付着防止効果が公知であったことからすると、当業者は、より高い付着防止効果等を期待して甲1発明の有効塩素発生剤を二酸化塩素に置換する動機付けを有すると認めた。被告らは、二酸化塩素は酸化力が強いため過酸化水素と共存不能であるとの技術常識があったと主張したが、これを裏付ける具体的証拠はなく、酸化還元電位から反応速度まで予測できるものではないとしてこの主張を斥けた。 顕著な効果の点についても、本件明細書の試験例1・4・5が特定の濃度・添加順序の下での結果にすぎず、広範な濃度範囲・添加順序を含む請求項全体の効果を示すものとはいえないうえ、甲2(特公平6-29163号公報)の記載から、二酸化塩素は次亜塩素酸ナトリウムよりもかなりの低濃度で海生生物付着防止効果を上げることを当業者が理解できるのであって、本件発明の効果は当業者が予期し得る範囲内にとどまると判断した。 以上より、相違点1に係る構成は当業者が容易に想到できたものであり、本件発明1の進歩性を肯定した本件審決には誤りがあるとして、請求項1のみならずこれを減縮した請求項2ないし4についても同様に判断の前提を欠くとし、審決は取り消された。本判決は、引用発明の作用機序の記載が推論にとどまる場合に一機序の共通性のみをもって置換の動機付けを否定することはできないこと、及び顕著な効果の判断においては請求項全体の構成範囲を念頭に検討すべきことを示した事例として実務上参照価値が高い。