AI概要
【事案の概要】 本件は、惣菜製造販売会社である被告の従業員として商品開発を担当していた原告が、在職中に行った3件の商品開発(ホルモンうどん、豚ロース・ロールかつ、塩麹タレ)について、これらが職務発明又は職務考案に当たり、特許又は実用新案登録を受ける権利を被告に譲渡したと主張して、特許法35条3項及び実用新案法11条3項に基づき、相当対価の合計1084万7046円の支払を求めた事案である。 原告は平成12年頃から被告の商品開発を担当し、平成21年3月に定年退職した後も嘱託職員として約5年間商品開発に携わった。被告には従業員の発明・考案の取扱いに関する勤務規則等は存在せず、原告と被告との間で各商品等に係る特許等を受ける権利を被告に譲渡する旨の明示の合意もなかった。被告はこれらの商品について特許出願も実用新案登録出願も行っていないが、本件商品等を原材料にした惣菜を現に製造販売している。 原告は、平成17年1月の新年会で被告代表者から10万円の支払を受けたこと、平成21年3月の再雇用に際する話合いで被告代表者が「商品を発明してくれればそれに見合った報酬を出す」と発言したことを根拠に、遅くとも同月末頃までに特許等を受ける権利を譲渡する旨の黙示の合意が成立したと主張した。 【争点】 主たる争点は、(1)本件商品等1~3の開発内容が特許法上の「発明」又は実用新案法上の「考案」に該当するか、(2)原告から被告への特許等を受ける権利の黙示の譲渡合意が成立したといえるか、(3)相当な対価額はいくらか、の3点である。本判決は、(2)の権利承継の有無のみで結論を出しており、他の争点には踏み込んでいない。 【判旨】 請求棄却。 裁判所は、まず平成17年1月の新年会での10万円交付について、新年会が商品開発担当者に限らず岡山工場従業員全員が参加し得る酒席であったこと、就業規則等に職務発明規定のない被告がそのような場で権利譲渡の対価を支払うとは考え難いこと、金額の算定根拠が不明であることなどから、これは特許等を受ける権利譲渡の対価ではなく、顕著な業績への一般的な表彰としての報奨であると認定した。 次に、平成21年3月の再雇用前の話合いにおける被告代表者の発言についても、原告自身の供述内容が一貫せず「発明してくれれば」という発言を直接裏付けるものではないこと、被告代表者の発言は必然的に職務発明と結び付けて理解し得るものではないことから、「商品の売行きが良好であればまた表彰することもあり得る」という趣旨にとどまり、職務発明の権利譲渡の対価支払を約束するものではないと判断した。 さらに、被告が本件商品等について特許出願や実用新案登録出願を行っていないこと、惣菜の製造販売を目的の1つとする被告が商品開発の成果を製造販売することは当然であって権利譲渡を前提とした行動とはいえないことを考慮すると、平成21年3月末頃に特許等を受ける権利の譲渡対価を被告が支払う旨の黙示の合意が成立したとは認められないとした。 以上より、原告から被告への特許等を受ける権利の譲渡は認められず、原告は相当対価支払請求権を有しないとして、発明該当性や対価額の争点に立ち入るまでもなく請求を全部棄却した。本判決は、勤務規則等の明文規定がない会社における職務発明の権利承継について、表彰金の支払や抽象的な激励的発言のみでは黙示の合意は成立せず、権利譲渡を前提とした具体的行動の有無を慎重に検討すべきことを示した事例判決として実務的意義を有する。