AI概要
【事案の概要】 本件は、タイヤ製造会社である一審被告の神戸工場又は泉大津工場において、タイヤ製造業務等に従事していた従業員ら(本件被用者ら)が、作業工程で発生する石綿の粉じん、および不純物として石綿を含有するタルク(滑石)の粉じんに長期間曝露され、その結果として悪性胸膜中皮腫、肺がん、石綿肺などの石綿関連疾患に罹患し、一審原告G以外の被用者は死亡したと主張して、本件被用者ら本人又はその相続人である一審原告らが、一審被告に対し、雇用契約上の安全配慮義務違反(債務不履行)又は不法行為に基づき、被用者1人当たり慰謝料3000万円等の損害賠償を求めた事案である。神戸工場では、昭和24年に兵庫県労働基準局が行った調査により、ゴム工場全体にタルク粉じんが「高山で霧が流れているが如く」激しく飛散している実態が既に報告されており、労研式じん埃計による測定では当時の通達上の基準値を大きく超える高濃度のじん埃が確認されていた。被用者らは、生ゴムとタルク等の薬品の混合工程、タイヤの原型を組み立てる成形工程(ポケット貼り作業)、電動機のブレーキパッドから発生する摩耗粉じんに接する電気設備保守業務などに、それぞれ20年から40年近い長期間従事していた。原審(神戸地裁)は、被用者のうち亡A及び亡Dの相続人である一審原告らの請求を石綿肺所見等の立証不足として棄却し、その余の一審原告らの請求を一部認容したため、双方が控訴した。 【争点】 争点は多岐にわたるが、主なものは次のとおりである。第一に、各工場における石綿粉じんの飛散状況、被用者らの石綿曝露状況、および各疾病と石綿曝露との間の因果関係の有無(特に、原審で棄却された亡A(肺がんで死亡)と亡D(肺がんで死亡)について、平成24年改定の労災認定基準に照らし、じん肺法所定の第1型以上の石綿肺の所見や胸膜プラークの存在、累積曝露量25本/ml×年以上といった基準を満たすといえるか)。第二に、一審被告の安全配慮義務違反の前提となる予見可能性の有無。一審被告は、昭和35年当時、タルク粉じんによる重篤な肺機能障害の発症までは予見できなかった、具体的な疾病名や発症機序まで予見できなければならない、と主張した。第三に、損害額の算定(本件被用者ら1人当たりの慰謝料額の相当額、および喫煙歴を理由とする素因減額の要否・割合)。第四に、原告らのうち亡Cおよび亡Eの相続人による請求について、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権の消滅時効が完成しているか否か(とりわけ、消滅時効の起算点を被用者の死亡時とみるか、労災認定時とみるか)、および一審被告による消滅時効の援用が信義則違反ないし権利濫用に当たるか。 【判旨】 大阪高裁は、一審原告ら控訴に基づき原判決を変更し、一審被告の控訴はいずれも棄却した。まず因果関係について、昭和24年調査報告書等を精査し、神戸工場では成形工程のポケット貼り作業等でタルク粉末が打粉として多用され、かつタルクには不純物として石綿が含有されていた事実を認定した。その上で、原審で棄却された亡Aについても、約26年間のタイヤ成形作業への従事、第1型相当のじん肺所見、胸膜プラークの存在、電動機ブレーキパッド由来の石綿粉じんへの曝露等を総合し、平成24年基準(発症リスクを2倍以上に高める累積曝露量)を満たすとして石綿曝露との因果関係を肯定した。亡Dについても、約39年間の電気設備保守業務従事と第1型相当の石綿肺所見から因果関係を認めた。予見可能性については、安全配慮義務の内容が被用者の作業内容に応じて広範に及ぶ以上、具体的疾病名や発症機序の予見まで要するものではなく、昭和24年調査報告書が神戸工場のタルク粉じんの著しい飛散を指摘し、昭和35年頃には石綿含有タルクの危険性に関する知見も集積していたのであるから、一審被告は遅くとも昭和35年には重大な肺機能障害発生を予見可能であり、かつ具体的にも予見していたと認められるとした。そして、粉じん発生防止、呼吸用保護具使用、粉じん測定と改善措置、安全教育・安全指導等の義務を尽くしたとの具体的主張がない以上、安全配慮義務違反は明らかであるとした。損害額については、被用者1人当たりの慰謝料を死亡者2700万円、存命の一審原告Gにつき2500万円と認定し、肺がんを発症した被用者らのうち喫煙歴がある者については、喫煙が石綿による肺がんの発症リスクを相乗的に高めることから、民法722条2項の類推適用により一律1割の素因減額を相当とした。消滅時効については、安全配慮義務違反による損害賠償請求権は客観的損害発生時(遅くとも死亡時)から進行するとして、亡C及び亡Eについては債務不履行・不法行為いずれに基づくものも既に時効消滅していると判断した。もっとも、労災申請や団体交渉申入れを拒絶した一審被告の対応が被用者らの早期救済を困難にした経緯等に照らし、消滅時効の援用が権利濫用に当たるかは別途検討する枠組みは維持しつつ(原審の判断を引用)、結論として亡A・亡Dを含む原審棄却分の請求を認容するなど原判決を被用者側有利に変更した。本判決は、タルク粉じんに含まれる石綿を媒介とした産業曝露による肺がん・石綿肺事案について、労災認定基準(平成24年基準)に依拠した医学的因果関係判断と、長期にわたる製造業者の予見可能性・安全配慮義務の内容を丁寧に論じたもので、同種事件の先例として実務的意義がある。