職務発明対価請求控訴事件
判決データ
AI概要
【事案の概要】 本件は、被控訴人(塩化ビニル樹脂等を製造する化学工業会社)の従業員として塩素化塩化ビニル系樹脂の生産性改善を担当していた控訴人ら2名が、在職中に完成させた職務発明(本件発明)について、特許を受ける権利を被控訴人に承継させたことに基づき、平成16年改正前の特許法35条3項に基づく相当の対価の支払を求めた事案である。請求額は合計1億5000万円(控訴人X1に1億3500万円、控訴人X2に1500万円)及び遅延損害金であった。 本件発明は、塩素化塩化ビニル系樹脂の製造工程において、樹脂に残留する未反応塩素や副生塩酸を取り除く洗浄工程に関するものである。従来、被控訴人は、遠心分離によって固液を分離する「デカンタ方式」を用いていたが、本件発明は、濾過によりケーキ状に固めた樹脂に洗浄水を通過させて塩酸を除去する新たな洗浄方式を提案するものであり、控訴人らが職務の遂行過程で考案した。その特徴は、スラリー移送配管に水供給配管を接続し、第1工程・第2工程を通じて移送配管に水を流し続けることで、配管内に塩酸が残留せず、洗浄済み樹脂を清浄な状態で取り出せる点にある。 原判決(大阪地裁)は、本件発明による独占の利益は被控訴人の従来技術である「公知濾過方式」(被控訴人が過去に出願したA発明1・2)との対比で算定すべきところ、控訴人らはデカンタ方式との対比による利益のみを主張し、公知濾過方式との対比による主張立証をしないとして、請求を棄却した。控訴人らはこれを不服として控訴した。 【争点】 争点の中心は、職務発明の相当の対価の算定にあたり、独占の利益をいかなる従来技術との対比で把握すべきかである。具体的には、本件発明の技術的範囲、公知濾過方式との異同、及び公知濾過方式が本件発明以前に実用化可能な技術であったか否かが問題となった。控訴人らは、公知濾過方式は実用化の例が存在せず、机上の技術にすぎなかったから、実際に被控訴人が用いていたデカンタ方式との対比で独占の利益を算定すべきであると主張した。 【判旨】 知財高裁第3部は、本件控訴をいずれも棄却した。判旨の要点は以下のとおりである。 まず、相当の対価の算定は、被控訴人が本件発明の実施によって得る利益ではなく、特許の禁止的効力により競業他社が実施できなくなることで被控訴人が得る「独占の利益」を基礎とすべきであり、独占の利益は原則として特許請求の範囲に記載された構成に基づいて算定されると判示した。もっとも、本件発明1における「移送配管に水の供給を継続する」構成は、特許請求の範囲自体には明示されていないものの、本件発明2の「スラリー移送配管に水供給配管が接続されている」構成と密接に関連し、独占の利益を基礎付ける要素として考慮し得るとして、原判決の技術的範囲の認定を一部補正した。 次に、独占の利益は公知の従来技術に対して付加された構成によってもたらされるところ、本件特許の審査過程でも被控訴人自身のA発明1・2(公知濾過方式)が引用例となり補正により特許査定に至った経緯に照らし、本件発明は公知濾過方式の改良発明と位置付けるのが相当であるとした。 さらに、公知濾過方式の実用化可能性につき、同方式が全くの机上の技術であれば対比の前提を欠くが、●●●●の例において生産樹脂の種類は異なるものの工程手順が概ね同一の濾過方式が高機能樹脂に用いられていることから、塩素化塩化ビニル系樹脂への適用が不可能とはいえず、公知濾過方式との対比による独占の利益の算定は可能であると判断した。 その上で、控訴人らはデカンタ方式と本件洗浄方式との対比による利益のみを主張し、公知濾過方式との対比による主張を予備的にも行わない旨を明示していることから、特許法35条3項の相当の対価があると認めるに足りる主張立証はないとして、請求棄却の原判決を維持した。 本判決は、職務発明対価訴訟において、独占の利益の算定基礎となる従来技術として、実用化された技術のみならず、工業的生産への適用が不可能とまではいえない公知技術も対比対象となり得ることを示した事例判決として、実務的意義を有する。