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【事案の概要】 本件は,「油冷式スクリュ圧縮機」に関する特許(特許第3766725号)について,原告(株式会社前川製作所)が特許庁に対して無効審判を請求したところ,特許庁が「請求は成り立たない」との審決を下したため,原告が被告(特許権者である株式会社神戸製鋼所)を相手取り,同審決の取消しを求めた事件である。 本件特許発明は,冷凍・冷蔵用の油冷式スクリュ圧縮機の構造に関するものであり,スクリュロータの両側から延びるロータ軸のうち,吐出側ロータ軸をスラスト軸受で支持し,スラスト軸受よりもスクリュロータから離れた位置にバランスピストンを取り付け,さらにスラスト軸受とバランスピストンとの間に圧力遮断する「仕切り壁」を設け,当該仕切り壁側の空間に油溜まり部の油をポンプで加圧することなく導く「均圧流路」を設けたことを特徴とする。この構成により,起動直後の逆スラスト荷重によるロータ端面と吐出ケーシングの接触・損傷を防ぎつつ,大きな負荷容量のスラスト軸受を採用した単純かつコンパクトな圧縮機構造を実現することを目指したものである。原告は,英国ハウデン社のパンフレット等の先行文献に基づき,本件発明は新規性又は進歩性を欠くと主張した。 【争点】 本件の主な争点は,(1)甲8パンフレットや甲9文献に基づく新規性欠如の主張を否定した審決の当否,(2)甲1文献(特開昭57-159993号公報)を主引用例とする進歩性欠如の主張を否定した審決の当否,(3)特許法153条2項(当事者の申し立てない理由についての審理)違反の有無,である。特に,先行文献に開示された圧縮機の構成から,本件発明のように入力軸を吸込側に配置し,かつバランスピストンをスラスト軸受よりもスクリュロータから離れた位置に取り付ける構成を当業者が容易に想到し得たか否かが中心的争点となった。 【判旨】 知的財産高等裁判所第2部は,原告の請求を棄却した。裁判所は,まず甲8パンフレットや甲9文献について,仮にこれらが本件出願日前に頒布された刊行物であったとしても,本件発明の「油溜まり部の油を加圧することなく導く均圧流路」の構成が記載又は示唆されているとはいえず,新規性欠如の主張には理由がないと判示した。 次に,甲1発明を主引用例とする進歩性の判断については,本件発明は,バランスピストンの受圧面積を十分に確保するため,バランスピストンをスラスト軸受よりもスクリュロータから離れた位置に配置するという技術思想を有するのに対し,甲1文献にはかかる技術思想の記載はなく,本件出願日当時に周知の技術であったとも認められないとした。また,仮に甲1発明の入力軸を吸込側に変更したとしても,バランスピストンをスラスト玉軸受よりもスクリュロータから離れた位置に配置する動機付けはないと判断し,甲2文献その他の先行文献を組み合わせても本件発明に容易に想到することはできないと結論付けた。 さらに,特許法153条2項違反の主張についても,同項にいう「当事者の申し立てない理由」とは,新たな無効理由の根拠法条の追加や引用例の追加等,不意打ちとなる重大な理由を意味し,容易想到性の判断過程における相違点の認定や証拠に基づく事実認定はこれに当たらないとして,原告の主張を退けた。 以上より,本件審決に取り消すべき違法はないとして,原告の請求は棄却された。本判決は,技術的特徴の共通点を抽出するだけでなく,当該構成を採用する技術的動機付けの有無を厳格に審査する進歩性判断の実務を示した事例として意義がある。