AI概要
【事案の概要】 本件は、特許無効審判の審決の取消しを求めた審決取消訴訟である。被告は、平成9年に「酸味のマスキング方法」という名称の発明について特許出願を行い、平成19年に特許権の設定登録を受けた(特許第3916281号)。本件特許の請求項1に係る発明は、醸造酢を含有するドレッシング、ソース、漬物、調味料の製品に、スクラロースを0.0028~0.0042重量%の量で添加することを特徴とする酸味のマスキング方法である。スクラロースはショ糖の約650倍の甘味を有する高甘味度甘味料であり、上記添加量は甘味の閾値以下に当たるとされる。 原告は平成26年に本件特許の無効審判を請求し、特許庁は当初無効とする審決(一次審決)をしたが、知的財産高等裁判所の判決により取り消された。差戻し後、被告が訂正請求を行い、特許庁は平成30年7月、訂正を認めた上で請求項1に係る審判請求は成り立たないとする審決を下した。原告はこの審決の取消しを求めて本訴を提起した。引用例(特開昭59-21369号公報)には、食酢を含む食品にアスパルテームを1~200mg%の濃度で添加する酸味緩和方法が記載されており、本件発明との相違点は、酸味のマスキング剤がスクラロースかアスパルテームかという点、及び添加量の数値範囲の差異である。 【争点】 本件の主要な争点は、引用発明のアスパルテームをスクラロースに置き換えることが、当業者にとって容易に想到可能であったか否か(進歩性判断の誤り)、及び特許請求の範囲の記載がサポート要件を満たしているか否かである。 【判旨】 知的財産高等裁判所第1部は、本件審決を取り消した。裁判所はまず、本件特許の出願時において、アスパルテーム、ステビア、サッカリンといった慣用の高甘味度甘味料が酸味のマスキング剤として機能することは当業者に周知であったと認定した。また、スクラロースはショ糖に似た甘味質を持ち多くの食品で嗜好性の高い甘味を付与できることが知られていたほか、甘味の閾値以下の濃度でも塩なれ効果、卵風味向上効果、辛味増強効果、アルコール苦味抑制効果等を奏することが複数の文献に示されていたと指摘した。これらを踏まえ、引用発明のアスパルテームに代えてスクラロースを採用することは当業者が容易に想到し得たと判断した。 数値範囲についても、スクラロースを酸味マスキング剤として使用する場合、当業者は味のバランスを崩さない低濃度を指向するところ、スクラロースの従来の使用濃度である0.0001~0.005重量%と重複する0.0028~0.0042重量%の範囲に至ることは容易であり、本件明細書の実施例を参照しても格別顕著な効果は認められないとした。被告が主張したトレハロースやネオヘスペリジンジヒドロカルコンの酸味増強作用に関する指摘についても、これらは低甘味度甘味料であったり特定飲料に関する個別事例であったりするから、高甘味度甘味料一般の酸味緩和効果の認定を左右するものではないとして排斥した。また、アスパルテームとスクラロースがアミノ酸系と合成甘味料という別カテゴリーであるとの主張も、化学構造の異なる複数の甘味料が既に酸味マスキング剤として用いられていた以上、採用できないとした。以上より、進歩性に関する取消事由1を理由ありとし、審決のうち請求項1に係る部分を取り消した。本判決は、食品分野における数値限定発明・パラメーター発明の進歩性判断において、先行技術文献に示された関連甘味料の機能と使用濃度範囲を総合考慮して容易想到性を肯定した事例として、実務上参考となる。