AI概要
【事案の概要】 被告人は、平成30年1月23日午前7時頃、名古屋市内の自宅において、重度の知的障害を伴う自閉症を抱えた長男A(当時25歳)の頸部にロープで作った輪をかけ、うつ伏せにしたAの後頭部等を足で踏み付けながらロープを両手で引っ張って頸部を絞め付け、窒息により死亡させて殺害したとして、殺人罪に問われた事案である。 Aは4歳頃に自閉症と診断され、精神年齢は3歳程度で会話は困難な状態にあった。高校卒業後は障害者支援施設に通っていたが、他の利用者への他害行為が増えたため平成28年12月に施設利用を中止され、以後は自宅で過ごし、家族への暴力や物の損壊を繰り返すようになっていた。被告人自身も平成19年頃からうつ病を患い、通院治療を継続しながら派遣社員として働いていたが、本件犯行の約1か月前には症状が悪化して派遣を打ち切られ、自宅で寝込む状態であった。 被告人は、犯行前日に妻から「Aが水の箱を押し付けてきて家事が進まない」旨のLINEメッセージを受け取ったことを契機に殺害を決意し、翌朝に犯行に及んだ後、自ら110番通報した。検察官の求刑は懲役8年であった。 【争点】 被告人がうつ病にり患していたことには争いがなく、本件犯行当時の被告人の責任能力の程度、すなわち完全責任能力か心神耗弱かが主たる争点となった。検察官はうつ病の影響は限定的で完全責任能力があったと主張し、弁護人は心神耗弱の状態にあったと主張した。 【判旨(量刑)】 裁判所は、精神鑑定を行ったC医師の供述の信用性を認め、被告人が本件犯行当時、中等度のうつ病(重症寄り)にり患していたと認定した。その上で、水の箱を押し付けるという重大でない行為をきっかけに殺害を決意した経緯、殺害以外の選択肢を一切検討しなかった点、25年余り養育してきた長男に対し後頭部を踏み付けるなど執拗な殺害行為を完遂し、愛情や憐み、ためらいの感情が全くうかがわれなかった点などを総合すると、被告人の平素の人格では説明し難く、うつ病の影響により重度の視野狭窄に陥り、判断能力や行動制御能力が著しく減退していた疑いを否定できないとして、心神耗弱の状態にあった合理的な疑いが残ると判断した。 量刑については、就寝中で無抵抗のAに対する3回にわたる絞頸行為は執拗かつAの尊厳を踏みにじる悪質な犯行であり、心神耗弱を考慮しても執行猶予を付すことができるほど軽い事案ではないとした。他方、長年うつ病に苦しみながら障害を抱えるAを養育し、行政の十分な支援を得られないまま追い詰められた経緯には同情すべき点が少なくないこと、自首して反省し、遺族も宥恕して社会復帰後のサポートが期待できることなどの事情を考慮し、懲役3年6月の実刑が相当とされた。本判決は、障害児介護を巡る家族の孤立という社会的背景の下、うつ病による心神耗弱を丁寧に認定しつつ実刑を選択した判断として意義を有する。