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【事案の概要】 本件は、石綿(アスベスト)を扱う工場での労働作業に従事した結果、肺がんを発症した原告ら2名が、国に対し、国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を求めた事案である。原告Aは昭和39年12月から翌年3月まで日通クボニ作業の従業員として、原告Bは昭和29年10月から昭和50年11月までクボタの従業員として、いずれもクボタ神崎工場で石綿管の製造作業に従事し、石綿粉じんにばく露した。その後、原告Aは平成24年4月24日に、原告Bは平成27年8月12日に、それぞれ肺がんの確定診断を受けた。 本件の前提として、最高裁平成26年10月9日判決(大阪泉南アスベスト第2陣訴訟)は、労働大臣が昭和33年5月26日から昭和46年4月28日までの間、旧労働基準法に基づく省令制定権限を行使して石綿工場に局所排気装置の設置を罰則付きで義務付けなかったことが国家賠償法上違法であると判示した。これを受けて国(厚生労働大臣)は、石綿工場元労働者に対する訴訟上の和解方針を示し、肺がんの場合の基準慰謝料額を2300万円と定め、その2分の1を限度に和解金を支払う運用を開始した。本件でも、国は本件和解方針の要件該当性自体は争わず、もっぱら遅延損害金の起算日が争点となった。 【争点】 国の損害賠償債務に関する遅延損害金の起算日を、肺がんの確定診断日(またはその前提となった手術日)とするか、それとも労災保険給付支給決定日(最も重い行政上の決定日)とするかが争われた。国側は、最高裁平成6年2月22日判決がじん肺について消滅時効の起算点を最終の行政上の決定時としたことを援用し、肺がんでも行政上の決定がなければ損害発生を認定し得ないとして、労災支給決定日を起算日とすべきと主張した。これに対し原告らは、肺がんは「罹患したか否か」の二者択一で判定される疾患であり、じん肺のような特異な進行性疾患とは性質を異にすると反論した。 【判旨】 神戸地裁は原告らの請求をいずれも全面的に認容した。裁判所は、不法行為に基づく損害賠償債務は催告を要せず損害発生と同時に遅滞に陥るとの原則(最判昭和37年9月4日)を確認した上で、本件の「損害」とは肺がんという疾患が発症したこと自体であり、損害発生日および遅延損害金の起算日は、肺がんの確定診断を受けた日またはその前提となった手術日と解するのが相当であると判示した。 国が援用する最高裁平成6年判決については、同判決の趣旨は、じん肺が肺内の粉じん量に応じて進行する特異な進行性疾患であり、管理区分2・3・4と順次進行するごとに質的に異なる損害が観念されるという特殊性に基づくものであって、肺がんにはそのまま妥当しないとした。肺がんの場合、石綿由来の肺がんであっても臨床像は通常の肺がんと差異がなく、行政上の決定に対応する病状ごとに質的に異なる損害が観念されるものではないから、当該肺がん発症時点で石綿起因性を判断できないことは、損害発生の認定を妨げる事情ではないと判断した。 また、国が依拠する大阪高裁平成25年判決が肺がん発症原告について確定診断の前提となった手術日を遅延損害金の起算日とした事実を踏まえ、同判決も肺がんについては一貫して行政上の決定前に損害発生を認定していると解される旨を指摘した。さらに、国が他の和解で行政上の決定日を起算日としてきたとの主張に対しては、遅延損害金の起算日は損害発生時から決せられる問題であり、和解実務は判断を左右しないとして退けた。 結論として、原告Aには1265万円(慰謝料1150万円+弁護士費用115万円)および平成24年4月24日からの遅延損害金、原告Bには1102万7239円(クボタから受領した1500万円を充当関係計算書のとおり控除した残額)および所定の日からの遅延損害金の支払を命じた。石綿被害の国家賠償訴訟において、疾患の性質に応じて損害発生時を個別に検討すべきことを明示した点に実務的意義がある。