AI概要
【事案の概要】 HIV感染者である原告は、北海道内で6つの病院等を経営する社会福祉法人である被告が運営する病院(被告病院)の社会福祉士の求人に応募した。原告は平成29年12月25日の採用面接において、持病の有無を問われたものの、頸椎症による通院歴のみを告げ、HIV感染の事実は告げなかった。被告病院は同月30日付で原告を平成30年2月1日付採用とする内定通知書を交付した。ところが、被告病院総務課職員が、原告が過去に被告病院を受診した際の医療記録(原告が問診票にHIV感染の事実を記載していた)を原告の同意なく確認し、HIV感染の記録を発見。平成30年1月12日に原告に電話してHIV感染の有無を問い質し、原告は感染を否定する旨回答した。原告が提出した主治医作成の診断書には、抗ウイルス薬の内服によりウイルス量は検出感度以下で、就労や職場での他者への感染の心配はないと記載されていた。それにもかかわらず、被告は平成30年2月5日、面接時や問合せ時に正確な回答がなかったことを理由に内定を取り消した。原告は、内定取消しが違法であること、および被告病院が保有する医療情報を採用目的で利用したことがプライバシー侵害に当たるとして、不法行為に基づき330万円の損害賠償を求めた。 【争点】 (1)原告にHIV感染事実の告知義務があったか、内定取消しに客観的合理的理由と社会通念上の相当性があるか、(2)被告病院が保管する医療情報を採用活動に利用したこと(本件利用)がプライバシー侵害による不法行為を構成するか、(3)損害額。 【判旨】 札幌地裁は、内定取消しおよび本件利用をいずれも違法な不法行為と認め、慰謝料150万円と弁護士費用15万円の合計165万円の支払を命じた。 まず告知義務について、HIV感染者に対する社会的偏見や差別が根強く残る現状、感染者の約8割が職場に感染事実を伏せて働いている実態、「職場におけるエイズ問題に関するガイドライン」や労働者の健康情報保護に関する検討会報告書がHIV感染情報の秘密性の高さを前提に採用選考時のHIV検査を禁止していることを指摘。HIVは日常生活では感染せず、原告はウイルス量が検出感度以下で就労に問題がなく、社会福祉士は相談援助を行う事務職で業務上血液等に接触する危険性も乏しいと認定した。これらを総合考慮し、原告にHIV感染事実を告知する義務はなく、面接で告げなかったこと、問合せで感染を否定したこと(自らの身を守るためやむを得ない虚偽発言)を理由に内定を取り消すことは許されないとした。 被告は医療機関として情報拡散防止および感染防止のため確認が必要だったと主張したが、判決は、医療記録はHIV以外も全て拡散防止すべきであり、感染対策もHIVに限らず一般的に講じるべきもので、従業員のHIV感染の有無を確認することは、HIV抗体検査陰性証明が必要な外国勤務など特段の事情のない限り、医療機関であっても許されないと排斥した。 本件利用については、被告が診療目的で保管していた原告の医療情報を、本人の同意なく採用活動に利用したものであり、個人情報保護法16条1項の目的外利用として違法であり、採用担当者等に正当な理由なく情報が拡散された点でプライバシー侵害の不法行為を構成すると判断した。 本判決は、HIV感染情報の極めて高い秘匿性を踏まえ、医療機関における採用であっても応募者のHIV感染の有無を確認することが原則として許されないことを明示し、たまたま保有していた患者の医療情報を採用活動に流用する行為を個人情報保護法違反として断じた点で、HIV感染者の就労における権利保障と医療情報の目的外利用禁止に関する重要な先例である。