AI概要
【事案の概要】 本件は、手袋の生産方法に関する特許(特許第4762896号。発明の名称「手袋に対するテクスチャード加工表面被覆および製造方法」)の無効審判請求を不成立とした特許庁審決の取消しを求めた審決取消訴訟である。本件特許は、手袋の外側に塩粒子を埋め込んでからこれを溶解除去することで、ラテックス表面に多面的な痕(凹凸)を残し、湿潤時や油が付着した場面でのグリップ力を向上させるというテクスチャード加工表面被覆手袋の製造方法に係るものである。具体的には、凝固剤で処理した型にラテックスの第一層を形成してゲル化させ、その上に第二層を形成した後、塩化ナトリウム等の離散粒子を塗布して第二層をゲル化させ、粒子を溶解してから熱硬化させるという一連の工程からなる(請求項1ないし6)。 原告は、本件特許の無効審判を請求し、本件明細書の記載が特許法36条4項1号の実施可能要件を満たさないと主張したが、特許庁は請求不成立の審決をした。そこで原告が本件審決の取消しを求めて提訴したものである。 【争点】 本件明細書の発明の詳細な説明の記載が、特許法36条4項1号の実施可能要件を満たしているか否かが争われた。原告は、本件各発明は手袋のグリップ力向上を課題としながら、本件明細書では従来技術(甲1、甲2、甲7の各文献)よりも優れたグリップ力を有する手袋の生産が記載されていない、また明細書記載の「つまみ力試験」は摩擦係数を測定しないため技術的に不適切でグリップ力の改良を適切に試験できない、と主張した。これに対し被告は、本件各発明はテクスチャード加工表面被覆手袋の製造方法であり、明細書には当業者が実施可能な程度に十分な記載があると反論した。 【判旨】 知財高裁第1部(高部眞規子裁判長)は、原告の請求を棄却した。 裁判所はまず、物を生産する方法の発明における実施可能要件(特許法36条4項1号)の趣旨について、発明の公開の代償として独占権を付与する特許制度の前提として、当業者が出願時の技術常識に基づき過度の試行錯誤を要することなくその方法を使用し、かつ生産物を使用できる程度の記載が明細書に必要であると判示した。 本件明細書には、使用する型、凝固剤、水性ラテックスエマルジョン、離散粒子(塩)、織布・メリヤス等の各材料について、意義・材料名・調合方法・入手方法が具体的に記載され、塩粒子のサイズ・塗布方法や熱硬化前に粒子を溶解する工程など製造手順も実施例1として詳細に示されている。これらに接した当業者は、本件各発明の製造方法を過度の試行錯誤を要することなく使用でき、生産した手袋も使用できる程度に記載されているから、実施可能要件に適合する。 原告の主張について、本件各発明の手袋が従来技術(甲1、甲2、甲7)よりも優れたグリップ力を有するか否か、またつまみ力試験でグリップ力の測定ができるか否かは、実施可能要件の充足とは関係がないと判断した。これらは実質的に従来技術に対する進歩性を問題にするものであって、発明の公開の程度の問題ではなく、実施可能要件を争う主張としては失当であるとし、原告の主張する取消事由には理由がないと結論付けた。