AI概要
【事案の概要】 本件は、特許無効審判の不成立審決の取消しを求めた審決取消訴訟である。被告(アルセロールミタル)は、「極めて高い機械的特性値をもつ成形部品を被覆圧延鋼板、特に被覆熱間圧延鋼板の帯材から型打ちによって製造する方法」に関する特許権者であり、原告(JFEスチール)は当該特許の無効を主張して争った。 本件特許発明は、亜鉛又は亜鉛ベース合金で被覆された熱処理用鋼板のブランクに、型打ち前に800℃〜1200℃の高温を2〜10分間作用させる熱処理を施すことで、腐食に対する保護、鋼の脱炭に対する保護及び潤滑機能を確保する亜鉛-鉄ベース合金化合物又は亜鉛-鉄-アルミニウムベース合金化合物を鋼板表面に生じさせるという方法発明である。従来、高温熱処理を要する鋼板は亜鉛被膜の溶融を避けるため被覆処理が熱処理後に行われていたが、本件発明は、亜鉛被膜が鋼板の鋼と合金化して機械的強度を持つ層を形成するという従来の定説を覆す知見に基づく点に特徴がある。 本件は二度目の無効審判の取消訴訟であり、先行する第二次審決取消訴訟(先行判決)では、熱処理前の「亜鉛ベース合金」被膜が金属間化合物である場合のサポート要件・実施可能要件の充足性については審理されていないとされたため、特許庁が改めて審理し不成立審決を下したことから、原告が本件訴訟を提起した。 【争点】 争点は、特許請求の範囲に記載された熱処理前の「亜鉛ベース合金」被膜に亜鉛-鉄金属間化合物、亜鉛-鉄-アルミニウム金属間化合物、亜鉛-ニッケル-鉄金属間化合物等の金属間化合物が含まれる場合について、①サポート要件(特許法36条6項1号)の認定判断の誤りの有無、②実施可能要件(同条4項1号)の認定判断の誤りの有無である。原告は、本件明細書の実施例は固溶体の被膜についてのみ開示しており、金属間化合物被膜を熱処理した場合にどのような金属間化合物が生じて本件発明の課題を解決できるのかは当業者にとって不明であり、立証責任を負う特許権者がその点を十分に立証していないと主張した。 【判旨】 知的財産高等裁判所は原告の請求を棄却した。裁判所はまず、サポート要件及び実施可能要件の証明責任はいずれも特許権者が負うことを確認した上で、本件明細書の記載及び本件出願時の技術常識を踏まえ、次のように判断した。 本件出願時には、亜鉛-鉄金属間化合物について2元系状態図が周知であり、熱処理により鉄が拡散して複数の相(ζ相、δ相、Γ相等)へと変化し得ることが技術常識であった。また亜鉛-鉄-アルミニウム、亜鉛-ニッケル-鉄などの3元系以上の金属間化合物の存在も知られていた。本件明細書の実施例1(亜鉛被膜)及び実施例2(亜鉛-アルミニウム固溶体被膜)に接した当業者は、熱処理前の被膜が固溶体でなく金属間化合物であっても、鉄の拡散により異なる金属間化合物へ変化するという基本的メカニズムは共通し、組成・熱処理条件を適宜調節すれば本件発明の課題を解決できると認識し得る。 したがって、当業者は本件明細書の記載と技術常識に基づいて、亜鉛-鉄金属間化合物、亜鉛-鉄-アルミニウム金属間化合物、亜鉛-ニッケル金属間化合物等を熱処理前の被覆として想起し、これらを熱処理することで本件発明の課題を解決できると理解できる。原告が指摘する、δ1相が望ましいとされてきた従来の技術常識や3元系状態図が限られた温度でしか知られていなかった事情を考慮しても、本件発明は従来の定説を覆す新たな知見に基づくものであり、実施例で優れた腐食防止効果が確認されている以上、この認識を妨げるものではない。 以上により、サポート要件及び実施可能要件はいずれも充足されており、本件審決に誤りはないとして、審決の取消事由はいずれも理由がないと判示した。本判決は、先行判決が示した判断枠組みを踏まえつつ、上位概念(亜鉛ベース合金)の特許請求の範囲について、明細書開示外の下位概念(各種金属間化合物)への拡張可能性を技術常識を介してどこまで認めるかを具体的に示した事例として、化学・材料系特許の実務上参考となる。