損害賠償等請求控訴事件
判決データ
AI概要
【事案の概要】 スイス法人のイオン交換樹脂専業メーカーである控訴人(原告)が、日立GEニュークリア・エナジー株式会社である被控訴人(被告)に対し、東京電力福島第一原子力発電所の放射能汚染水浄化事業をめぐるパートナーシップ契約の違反および営業秘密の不正使用・不正開示(不正競争防止法2条1項7号)等を理由として、総額7億7744万米国ドル超の損害賠償を求めた事案である。 東日本大震災後、福島第一原発では原子炉冷却のための注水が高濃度放射性物質を含む汚染水となって滞留し、東京電力はこれを処理するため多核種除去設備(ALPS)の発注を計画した。被控訴人は平成23年プロジェクトの受注を目指し、吸着媒体を製造する控訴人とパートナーシップ契約を締結した。同契約には、両当事者が「本プロジェクト」について独占的関係を遵守する排他的義務条項が定められていた。 しかし、平成23年プロジェクトは東芝が受注し、被控訴人は失注した。その後、経済産業省が補助事業として公募した平成25年度の「高性能多核種除去設備整備実証事業」を被控訴人が東芝・東京電力と共同で受注し、控訴人の関与なく高性能ALPSを設計した。また被控訴人は平成23年プロジェクトの提案過程で協力会社であるアバンテック社に吸着剤や設計関連情報を提供していた。 控訴人は、これらの行為がパートナーシップ契約上の排他的義務違反、秘密保持義務違反、営業秘密の不正使用・不正開示等に該当すると主張して訴訟を提起した。原審の東京地裁は請求をいずれも棄却し、控訴人が控訴するとともに一般不法行為に基づく請求を追加した。 【争点】 主要な争点は、(1)被控訴人による平成25年実証事業の受注等が「本プロジェクト」に関する排他的義務条項に違反するか(平成25年実証事業が契約上の「本プロジェクト」に含まれるか)、(2)被控訴人による高性能ALPSの設計が控訴人の営業秘密の不正使用に該当するか(原告情報の営業秘密該当性、特に非公知性)、(3)アバンテック社に対する情報開示が営業秘密の不正開示等に該当するか、(4)一般不法行為の成否である。 【判旨】 知財高裁は、控訴を棄却し、追加請求も棄却した。 まず、「本プロジェクト」の範囲については、契約締結の交渉経過、当時具体化していたのは平成23年プロジェクトのみであったこと、控訴人が他のプロジェクトを含む旨明示しなかったこと等に照らし、平成23年プロジェクトに係る多核種除去設備の設置・運転による汚染水処理に限られると解するのが相当であり、別個に公募された平成25年実証事業は含まれないと判断した。したがって被控訴人による高性能ALPSの受注・設計は排他的義務条項に違反しない。 営業秘密該当性については、控訴人が主張する原告情報のうち、被控訴人が使用していないもの(不使用情報群)は使用が否定され、その他の情報は平成25年9月時点で文献や控訴人自身の学会発表(平成24年米国電力研究所会議のアリゾナ資料)等により公然知られていたから非公知性を欠くと判断した。個別情報の組合せに独自の営業秘密性が生じるとの主張についても、被控訴人は既に汚染水処理について相当の知見を有しており、組合せ使用に格別の困難はなかったとして排斥した。 アバンテック社への情報開示は、平成23年プロジェクト受注のために同社が吸着剤保管容器や吸着塔を設計するのに必要な範囲のものであり、図利加害目的は認められず、不正開示の不正競争に該当しない。本件秘密保持契約は日本ピュロライトと被控訴人の間のものであって控訴人は当事者でない。 一般不法行為の成否については、最高裁平成23年12月8日判決を参照し、不正競争防止法上の「営業秘密」に該当しない情報の利用行為は、同法が規律する利益とは異なる法的保護利益を侵害する等の特段の事情がない限り民法709条の不法行為を構成しないと判示し、本件では特段の事情が認められないとして請求を棄却した。 本判決は、原発事故対応という公益性の高い事業をめぐる巨額の国際的な契約紛争について、契約文言と交渉経緯に即した契約解釈の在り方、および営業秘密の非公知性・使用認定の枠組みを示した点で実務上意義がある。