商標権に基づく差止等請求事件
判決データ
AI概要
【事案の概要】 本件は、「MMPI」という登録商標(指定役務は心理検査)を保有する原告(心理検査用の質問票等を昭和38年から販売してきた出版会社)が、被告(筑摩書房)に対し、「MMPI-1性格検査」「MMPI-1回答用紙」「MMPI-1自動診断システム」等の標章を付した心理テスト質問用紙、回答用紙、ソフトウェアの譲渡差止めと廃棄を求めた商標権侵害訴訟である。 「MMPI」は、米国ミネソタ大学のハサウェイとマッキンレーが1940年代に開発した質問紙法による性格検査「Minnesota Multiphasic Personality Inventory(ミネソタ多面的人格目録)」の略称で、世界90か国以上で翻訳・標準化されている心理検査である。原告は、昭和38年に本件心理検査の日本語版質問票を出版し、以後独自の採点盤・回答用紙等を開発・販売しつつ「MMPI」標章を使用してきた。これに対し被告は、平成29年4月から原告版とは異なる翻訳・標準化を行った別の日本語版として「MMPI-1」シリーズを販売・提供し始めた。 【争点】 (1)本件商標と被告各標章の類否、(2)被告の行為がみなし侵害行為に当たるか、(3)法26条1項3号(普通名称・役務の質表示)、4号(慣用商標)、6号(非商標的使用)により商標権の効力が被告標章に及ばないか、(4)本件商標登録が無効審判により無効とされるべきか、が争われた。中核は、「MMPI」が心理検査の一手法を指す普通名称・質表示にすぎないのか、それとも原告の使用により識別力を獲得した出所表示であるのかという点である。 【判旨】 東京地裁は、原告の請求をいずれも棄却した。 まず、「MMPI」は精神医学・心理学の辞典類や専門書に多数掲載されており、心理検査の需要者である専門家の間で本件心理検査又はその略称として周知であると認定。被告各標章のうち「性格検査」「回答用紙」「自動診断システム」「-1」(バージョン表示)はいずれも識別力を欠くため、各標章の要部は「MMPI」であり、本件商標と類似すると判断した。 もっとも、「MMPI」は心理検査の内容すなわち役務の「質」を表すものであり、被告各標章はいずれもありふれた書体で普通に用いられる方法で表示されているから、法26条1項3号に該当し、本件商標権の効力は及ばないとした。 原告の識別力獲得(いわゆるセカンダリーミーニング)の主張については、原告が昭和38年以降長年にわたり「MMPI」標章を用いて質問票・回答用紙・カタログ・マニュアル・広告等で独占的に心理検査役務を提供してきた事実は認めつつも、それらの表示はいずれも「日本版MMPI質問票」「MMPI新日本版」など心理検査の種類・方法としての本件心理検査を示すものにすぎず、原告自身が「MMPI」をミネソタ大学で開発された人格目録テストと説明してきたことからすれば、原告役務の出所表示として識別力を獲得したとはいえないと退けた。また、原告版と本件心理検査の質問項目数(550と566)の差異も重複項目の扱いの違いにすぎず、原告版が独自の心理検査とはいえないと判示した。 その結果、被告の行為はみなし侵害に該当し得るとされたものの、法26条1項3号により商標権の効力が及ばないため、その余の争点を判断するまでもなく原告の請求はすべて棄却された。世界的に普及した心理検査の略称を、日本で独占的に使用してきた事業者が商標登録しても、当該略称が役務の質表示にとどまる限り第三者の使用を排除できないことを示した事案である。