損害賠償請求事件
判決データ
AI概要
【事案の概要】 本件は、防衛大学校(以下「防衛大」という。)に2学年時まで在校し、その後退校した原告が、国(被告)に対して、在校中に上級生や同級生ら8名から暴行、強要、いじめ等の計11件の行為を受けたことを理由に、安全配慮義務違反による債務不履行に基づき、慰謝料および逸失利益等合計2297万円余の支払を求めた事案である。 原告は、平成25年4月に防衛大に入校し、1学年時には、同室の4学年Pから、下級生の落ち度を点数化して罰ゲームを課す「粗相ポイント制」の一環として、カップ麺を硬いまま食べさせられたり、陰毛にアルコールを吹きかけライターで火を点けられるなどの行為を受けた。また、3学年Qから顔面を殴打され、掃除機で陰部を吸引される行為も受けた。2学年時には、中隊学生長である4学年Rから本件服務事故(特別外出許可の内容と異なり福岡の実家に帰省した事案)を契機に殴打等の暴行や机等を荒らす「飛ばし行為」を、同級生2名から暴行を、別の3学年から呼出し・恫喝を、同室の同級生2名からはLINEグループでの嘲笑写真送信や嘔吐・怒り等のスタンプ724個の大量送信といった嫌がらせを受けた。原告の母親は、事案を把握するたび教官らに情報提供をしていた。原告は平成26年5月頃から体調を崩し、同年8月に休学、平成27年3月に退校した。 防衛大は、学生舎での共同生活を通じて自主自律の精神の下、上級生から下級生への「学生間指導」を制度として認めており、強制力を伴わず暴力的指導は禁じるとされていたが、実際には暴力や行き過ぎた指導を容認する認識が学生の一部に根強く存在していたことが、防衛大自身による平成26年8月のアンケート調査でも示されていた。 【争点】 主たる争点は、被告(国)が、防衛大を設置する者として学生の生命・身体の安全を保護すべき安全配慮義務に違反したか否か、より具体的には、教官らが各時点で本件各行為の発生を予見し、これを回避する義務を負っていたにもかかわらず、これを怠ったといえるかである。原告は、本件11件の各行為は集団的な一連のいじめであって、学生間指導制度そのものに内在する問題から生じたものであり、当初から予見可能であったと主張したのに対し、被告は、各行為はそれぞれ独立した個別の事象であり、事前の予見は困難であったと争った。 【判旨】 福岡地裁は、原告の請求を棄却した。裁判所は、教官らが各事案を把握した後の対応(事情聴取、指導、別室措置等)を個別に検討し、いずれも当時の状況下における具体的予見可能性を肯定するに足りる端緒はなかったとして、安全配慮義務違反を認めなかった。すなわち、本件各行為は、それぞれ発端・時期・加害者が異なり、本件学生らが共謀して原告をいじめの対象にしたとまでは認められず、集団的・一連のいじめ行為と評価することはできないとした。 もっとも判決は、学生間指導制度について、将来の幹部自衛官として必要な資質を育成する必要性・合理性は認めつつも、指導能力の未熟な上級生が自己の感覚や正義感を振りかざし、指導の名を借りて暴力等に及ぶ危険性が抽象的に内在していることを指摘。暴力や行き過ぎた指導を是とする認識が学生間の一部に存在する中で本件各行為が生じたことを踏まえ、「教官らにおいて、原告の言動を鵜呑みにすることなく、より積極的に対応することが望ましかったことは明らかである」と苦言を呈した。そのうえで、本件における教官らの対応は、学生間指導制度下の自主自律を重んじる意識から、学生間の問題に消極的に対応したのではないかとの疑問が生じるものであり、原告の問題意識は理解できると述べた。しかし、結論としては、本件当時の具体的状況に照らすと、本件各行為が発生する具体的危険性があったとは認められず、教官らにおいて端緒を認識し発生を予見することは困難であったとして、安全配慮義務違反を構成するには至らないと判断した。 本判決は、寄宿制の教育機関における加害行為について、国の安全配慮義務違反の要件としての具体的予見可能性を厳格に解し、制度的・体質的批判は投げかけつつも、個別の教官らの対応を免責した事例として、組織の管理責任の及ぶ範囲を考える上で実務的意義を有する。