AI概要
【事案の概要】 東京弁護士会所属の弁護士である原告は、自身が運営するブログに、化粧品・健康食品大手の被告会社代表取締役会長の被告Bが、脱官僚を掲げる政治家D議員に合計8億円を貸し付けたことを題材とする論評記事を掲載した。被告Bは、週刊新潮掲載の独占手記で本件貸付の経緯を公表しており、原告のブログは、同手記および朝日新聞の規制緩和関連記事などを前提として、サプリメント業界の規制緩和を求める被告らが利益誘導目的で政治家に資金提供したのではないかと推論・批判するものであった。 これに対し被告らは、平成26年4月、原告に対し、ブログ記事3本により名誉が毀損されたとして、被告ら各自1000万円(合計2000万円)の損害賠償・記事削除・謝罪広告掲載を求める前件訴訟を提起し、さらに原告が係属中に新たに掲載した記事を理由に、請求額を各自3000万円(合計6000万円)に拡張した。前件訴訟は一審・控訴審とも被告らの請求を棄却し、上告不受理決定により確定した。被告らは前件訴訟と同時期に、自らに批判的な言論をした他の9件の発信者に対しても高額の名誉毀損訴訟を提起していた。 原告は、前件訴訟がいわゆるスラップ訴訟(批判的言論封殺を目的とする濫訴)に当たり、不当提訴による不法行為を構成するとして、応訴のための弁護士費用、慰謝料、本件提訴費用等合計1100万円のうち660万円の連帯支払を求めた。 【争点】 前件訴訟の提起および訴えの変更申立てが、原告に対する不法行為(不当訴訟)を構成するか、およびこれによる損害の有無と額。不当訴訟の違法性判断基準としては、最高裁昭和63年1月26日判決が示した枠組み、すなわち、提訴者の主張する権利等が事実的・法律的根拠を欠き、かつ提訴者がそのことを知り又は通常人であれば容易に知り得たのにあえて提訴した等、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くといえるかが問題となった。 【判旨】 東京地裁は、前件訴訟の提起および請求拡張が不法行為に当たると判断し、慰謝料100万円および本件提訴の弁護士費用10万円の計110万円の連帯支払を命じ、その余を棄却した。 裁判所は、原告ブログの記述がいずれも、被告Bが自ら公表した本件手記や公刊された朝日新聞記事を前提とする意見・論評であることは一般読者にとって容易に認識可能であり、被告らも容易に理解し得たと認定した。その前提事実の重要部分(被告Bの地位、規制緩和を求める姿勢、D議員への8億円の貸付、被告Bが手記でD議員との関係を絶った事実等)は、被告ら自身が手記で公表し、または公知ないし容易に認識し得る事実であって、真実性は被告らにとって明白であった。また、政治資金提供に対する批判的論評が公共の利害に関し公益目的であること、人格攻撃に及ばず論評の域を逸脱していないことも、被告らにおいて容易に認識可能であったとした。 さらに、被告Bは本件貸付の動機について、脱官僚という公益的動機と、被告会社の事業規制緩和という私益的動機を区別して立証することがおよそ困難であり、原告の批判が動機の事実摘示ではなく推論・評価にとどまることも、被告らにとって明らかであったと指摘した。 以上に加え、原告ブログ掲載から提訴までの期間が極めて短く、事前交渉もされず、同時期に他の批判者に対しても高額訴訟が一斉に提起された経緯に照らすと、前件訴訟は請求認容の見込みがないことを通常人であれば容易に知り得たのにあえて提起されたもので、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠き違法と評価される。他方、原告主張の弁護士費用500万円については、自身の出捐額が訴訟全体で200万円にとどまるとの供述から具体的立証がないとして認めず、慰謝料100万円および本件訴訟提起のための弁護士費用10万円のみを相当損害と認定した。本判決はスラップ訴訟を不法行為と認めた裁判例として、言論の自由保護の観点から実務上重要な意義を有する。