傷害致死
判決データ
AI概要
【事案の概要】 本件は、被告人が生後2か月の孫娘Bの頭部に強い衝撃を与える暴行を加え、急性硬膜下血腫・くも膜下出血・眼底出血等の傷害を負わせて死亡させたとして、傷害致死罪で起訴された事件である。平成28年4月6日、被告人は娘Aの自宅マンションを訪れ、Aが銀行に出かけた約1時間半の間、Bとその姉(当時2歳)の面倒をみていた。Aが帰宅後、Bの呼吸や顔色が悪化していることに気付き救急搬送されたが、Bは約3か月半後に脳機能不全により死亡した。 検察官は、Bの症状は頭部を揺さぶられるなどして回転性の外力が加わることにより生じた、いわゆる揺さぶられっ子症候群(SBS)であると主張した。原審(裁判員裁判)は、硬膜下血腫・脳浮腫・眼底出血の3徴候からSBS理論を前提に外力による受傷であると認定し、受傷時間帯にBと共にいたのは被告人と2歳の姉のみであり姉による加害は体格上困難であるから、消去法的に犯人は被告人以外にないとして、被告人を懲役5年6月に処した。 これに対し弁護人は控訴し、当審で新たに、Bの真の死因は外力ではなく内因性の脳静脈洞血栓症およびDIC(播種性血管内凝固症候群)である可能性を指摘した。 【争点】 Bの症状の原因が外力(揺さぶり)によるものか、内因性疾患(脳静脈洞血栓症・DIC)による可能性が否定できないか、SBS理論による消去法的犯人認定の当否が主な争点となった。 【判旨(量刑)】 大阪高等裁判所は原判決を破棄し、被告人に無罪を言い渡した。 当審で取り調べた脳神経外科医E・Fの両医師の証言によれば、搬送直後のBの血液検査では、PT-INRが測定不能、フィブリノゲンが50未満という、頭部外傷では通常考え難い極端な凝固異常値を示しており、これは脳静脈洞血栓症の発症を強く示唆するものであった。CT画像上も脳静脈洞血栓症に特徴的なデンスクロットサインの所見がみられ、Bの急激な症状悪化・くも膜下出血・網膜出血・脳浮腫のいずれも内因性の脳静脈洞血栓症とDICで矛盾なく説明できる。これらを否定する検察側C医師の証言は、CT画像の読影原理についての医学文献との整合性を欠き、引用論文の趣旨を正反対に用いるなど不正確な点が認められ、排斥することができる。 さらに、SBS理論の重要な徴候である硬膜下血腫の存在自体、搬送直後のカルテに記載がなく、CT画像からも断定できない。また、本件傷害を生じさせるには成人が全力で揺さぶる程度の強い力が必要とされるところ、身長146センチ・体重約40キロの66歳の被告人がそのような行為に及ぶことは体力的に相当困難であり、被告人には育児ストレスや動機もなく、事件前後の言動にも不審な点はない。 裁判所は、SBS理論を単純に適用して消去法的に犯人を特定する認定手法は、事件性の検討が十分でないまま犯人性のみが問題とされると、被告人側の反証がほぼ実効性を失い有罪認定が避け難くなるという刑事裁判の事実認定上極めて重大な問題を提起すると指摘した。結局、原判決の認定には合理的な疑いが生じているとして、刑訴法336条後段により無罪を言い渡した。