AI概要
【事案の概要】 本件は,自動車等の内燃機関に用いられるガスセンサに関する特許(特許第5765394号,発明の名称「ガスセンサ」)を保有する被告株式会社デンソーに対し,原告日本特殊陶業株式会社が特許無効審判を請求した事件の審決取消訴訟である。 本件特許は,多気筒の内燃機関で生じる気筒間インバランス(気筒ごとの空燃比のばらつき)を精度良く検出するためのガスセンサに関する発明であり,センサ素子を覆う二重構造の素子カバー(インナカバーとアウタカバー)において,被測定ガスをできるだけ短距離でセンサ素子のガス導入部へ到達させる構造を特徴とする。具体的には,インナカバーに設けられた被測定ガス導入開口部の軸方向基端位置よりも,センサ素子のガス導入部の軸方向中間位置をエンジン側に配置し,さらにインナカバー内に導入された被測定ガスが,まず基端側へ向かって流れ,その後導入開口部より先端側に設けられた排出開口部へ流れる構成を採用することで,各気筒から順次排出される排ガスが混合される前に順次検出できるようにし,応答性の向上を図るものである。 原告は,平成29年3月に無効審判を請求したところ,被告が請求項の訂正をし,特許庁は平成30年6月,訂正を認めた上で請求項1ないし4に係る発明についての無効審判請求を不成立とする審決(本件審決)をした。原告はこれを不服として本件訴訟を提起し,審決の取消しを求めた。 【争点】 原告が主張した取消事由は,①訂正要件の判断の誤り(訂正事項5-1および5-2が新規事項の追加に当たるか),②明確性要件違反,③サポート要件違反,④引用発明1A(特開2007-316051号公報の実施例2)を主引用例とする進歩性判断の誤り,⑤引用発明1B(同公報の実施例3)を主引用例とする進歩性判断の誤り,⑥引用発明2(特開2012-211858号公報)を主引用例とする進歩性判断の誤り,⑦本件発明2ないし4についての進歩性判断の誤りの計7点である。特に,センサ素子のガス導入部と導入開口部との軸方向位置関係を規定する構成(構成H)について,本件明細書の実施例からその数値範囲を一般化できるかどうか,および各引用発明から当該位置関係を容易に想到できるかが主要な争点となった。 【判旨】 知財高裁(第1部)は,原告の請求を棄却した。 訂正要件については,インナ排出開口部がインナ導入開口部より軸方向先端側に設けられることや,被測定ガスが基端側へ向かって流れた後に排出開口部に向けて流れる構成は,いずれも本件明細書の図面および記載から当業者が理解できる技術的事項であり,新たな技術的事項を導入するものではないから,新規事項の追加には当たらないとした。明確性要件についても,本件発明は気筒間インバランスを検出できる程度の被測定ガスの流れを当然の前提としており,当業者であれば不明確な点はないと判断した。サポート要件についても,実施例と異なる形態のガスセンサを含むとの原告主張を退け,本件明細書の記載から当業者は本件発明の課題解決を認識できるとした。 進歩性についても,引用発明1A,1Bおよび引用発明2のいずれを主引用例としても,本件発明の特徴である構成H(ガス導入部の軸方向中間位置を導入開口部の基端位置よりも基端側とする構成)を当業者が容易に想到できたとはいえないとし,各引用発明との組合せによっても本件発明に至る動機付けがないと判断した。本件発明2ないし4は本件発明1に限定を加えたものであるから,同様に容易想到性は否定された。 以上により,原告の取消事由はいずれも理由がないとして,請求は棄却された。本件は,機械・構造系特許において,実施例の具体的構成から特許請求の範囲の一般化がどこまで許容されるかを判断した事例として実務上参考になる。