行政措置要求判定取消請求事件
判決データ
AI概要
【事案の概要】 本件は、経済産業省(以下「経産省」)に勤務する国家公務員である原告が、性同一性障害(MtF)の診断を受けているトランスジェンダーであることを前提として、職場における処遇の是正を求めた事案である。原告は身体的性別および戸籍上の性別は男性であるが、自認する性別は女性であり、平成10年頃から女性ホルモン投与を受け、平成20年頃からは私的な時間の全てを女性として過ごしていた。 原告は平成21年7月、上司に対して性同一性障害である旨を伝え、次の異動を契機に女性職員として勤務したい旨を申し入れた。経産省は検討の末、平成22年7月から原告に女性の身なりでの勤務や女性休憩室の利用等を認めたが、女性用トイレについては、原告の執務室がある階から2階以上離れた階の女性用トイレのみ使用を認め、近接する階の女性用トイレの使用を認めない処遇(以下「本件トイレ処遇」)を継続した。また、経産省は原告に対し、異動するには戸籍上の性別変更または異動先の同僚への性同一性障害である旨の告知(カミングアウト)が必要であるとの条件を付していた。 原告は平成25年12月、人事院に対し国家公務員法86条に基づく行政措置要求を行ったが、人事院は平成27年5月、要求をいずれも認めないとの判定(本件判定)をした。そこで原告は、本件判定の取消し(第1事件)と、本件トイレ処遇や上司らの発言等による精神的苦痛に対する国家賠償(第2事件、1652万6219円)を求めて提訴した。 【争点】 (1) 本件トイレ処遇や上司らの各発言等が国家賠償法1条1項の違法行為に当たるか。 (2) 原告の損害の有無および額。 (3) 本件判定の適法性(人事院の裁量権の範囲を逸脱した違法があるか)。 【判旨】 東京地裁は、本件判定のうち女性トイレの自由使用を認めないとした部分を取り消すとともに、国に対し慰謝料等132万円の支払を命じ、原告の請求を一部認容した。 トイレ処遇について裁判所は、個人がその真に自認する性別に即した社会生活を送ることは重要な法的利益として国家賠償法上も保護されるべきものであり、男女別トイレの管理者がその自認する性別のトイレ使用を制限することは当該法的利益の制約に当たると判示した。そのうえで、原告が性同一性障害の専門医の診断を受け、女性ホルモン投与により女性に対する性的危害の可能性が客観的に低いこと、女性用トイレは個室構造でプライバシーが保たれていること、原告の外見・振る舞いが女性として認識される度合いが高いこと、民間企業において同様の処遇を認める例が存在すること、トランスジェンダーの職場環境整備の重要性が社会的に強く意識されるようになってきたこと等を考慮し、遅くとも平成26年4月7日の時点では、他の女性職員との間でトラブルが生じる可能性はせいぜい抽象的なものにとどまり、本件トイレ処遇を正当化することはできない状態に至っていたと認定した。したがって、経産省が同日以降も本件トイレ処遇を継続したことは、庁舎管理権行使における注意義務違反として違法と判断された。 また、平成25年1月17日面談において、上司が原告に対し「(性別適合手術を)なかなか受けないなら、服装を男に戻したらどうか」という趣旨の発言をしたことについて、性別に即した衣服の着用は性自認と密接不可分のものであって、当該発言は客観的に原告の性自認を正面から否定するものであり、法的に許容される限度を超えた違法な発言と判断した。 本件判定についても、トイレ使用制限の撤廃を求める部分について、考慮すべき事項を考慮せず、社会観念上著しく妥当を欠くものであったとして、裁量権の範囲を逸脱した違法なものと認め、これを取り消した。一方、異動に関する条件撤廃の要求および健康診断の時間帯に関する要求については、原告の異動が現実に制限されたとまでは認められず、または原告の法的利益を具体的に制約するものとはいえないとして、請求を棄却した。 本判決は、性自認に即した社会生活を送ることの法的利益性を正面から認め、トランスジェンダーの職場環境における処遇について先例となる判断を示した点で、極めて重要な意義を有する判決である。