殺人,殺人未遂,傷害
判決データ
- 事件番号
- 平成31う21
- 事件名
- 殺人,殺人未遂,傷害
- 裁判所
- 東京高等裁判所
- 裁判年月日
- 2019年12月17日
- 裁判種別・結果
- 破棄差戻
- 裁判官
- 朝山芳史、伊藤敏孝、平出喜一
- 原審裁判所
- 千葉地方裁判所
AI概要
【事案の概要】 本件は、千葉県印西市内の老人ホームに准看護師として勤務していた被告人が、同僚や同僚の配偶者に対し、飲み物に密かに睡眠導入剤を混入して摂取させ、その影響下で自動車を運転させることにより交通事故を起こさせたという事案である。起訴された事実は三件あり、第一は、同僚A(当時60歳)にコーヒーに混入した睡眠導入剤を飲ませ、物損事故を起こした後も休ませずに再度自動車での帰宅を促した結果、Aが対向車線にはみ出してB運転の車両と衝突し、Aが死亡、Bが負傷したもの(殺人・殺人未遂)、第二は、同僚Cとその夫Dにお茶に混入した睡眠導入剤を飲ませて帰宅を促し、対向車E運転の車両と衝突事故を起こしてD・C・Eに傷害を負わせたもの(殺人未遂)、第三は、同僚Fに嫌がらせ目的で睡眠導入剤を摂取させて急性薬物中毒の傷害を負わせたもの(傷害)である。第一審の千葉地裁(裁判員裁判)は、全事実について殺人・殺人未遂罪等の成立および完全責任能力を認め、被告人を懲役24年に処した。弁護人は、実行行為性の欠如、殺意の欠如、心神耗弱、量刑不当を理由に控訴した。 【争点】 主たる争点は、(1)睡眠導入剤の影響下にある者に自動車運転を仕向ける行為が殺人罪の実行行為に当たるか、(2)運転者本人(A、D、C)および対向車の運転者(B、E)それぞれに対する未必の殺意が認められるか、(3)被告人の責任能力、である。特に、鋭利な刃物で刺すような「人が死亡する危険性が高い行為」とは異なり、傷害や物損にとどまる可能性も相当ある行為について、どのような基準で殺意を認定すべきかが重要な論点となった。 【判旨(量刑)】 東京高裁は、実行行為性および運転者本人に対する未必の殺意については原判決を是認した上で、対向車運転者B・Eに対する殺意の認定については事実誤認があるとして原判決を破棄した。まず、睡眠導入剤の影響下で運転を促す行為は、鋭利な刃物で刺すような死亡の危険性が高い行為とは異なり、結果が傷害や物損にとどまる可能性も相当あるから、殺意を認めるには、死亡の危険性の認識のみでは足りず、行為者が被害者の死亡を期待するなどの意思的要素を含む諸事情に基づき、死亡の結果を認容したといえることを要すると判示した。この基準により、運転者A・Dや同乗者Cについては、被告人が物損事故現場でAのもうろう状態を目の当たりにしながらなお運転を促したこと、A死亡の事実を知った後に同様の行為に及んだことから、被告人が死亡結果を期待していたと推認でき、未必の殺意を肯定した。他方、対向車運転者B・Eについては、対向車側は居眠り運転車両を避けて自らの命を守る行動が一応可能であり死亡可能性が低いこと、被告人にAやCらへの悪感情はあっても対向車運転者の死亡を期待する理由が皆無であることから、死亡結果を認容したと認めるには合理的疑いが残るとして殺意を否定した。責任能力については、行動の一貫性や精神障害をうかがわせる事情の欠如から完全責任能力を認めた原判決を是認した。結論として、B・Eに対する殺人未遂罪の成否(傷害罪あるいは危険運転致傷罪の間接正犯の予備的訴因の検討を含む)および量刑について裁判員裁判で審理を尽くさせるため、量刑不当の論旨を判断するまでもなく原判決を破棄し、本件を千葉地方裁判所に差し戻した。本判決は、間接正犯類型かつ死亡の危険性が必ずしも高くない行為について、殺意認定に意思的要素を要求し、運転者本人と対向車運転者で殺意の成否を区別した点に実務上の意義がある。