AI概要
【事案の概要】 原告は、昭和57年に大手新聞社に入社し、記者として活動してきた人物である。平成3年8月、原告は元慰安婦の聞き取りに基づき、韓国人女性が「女子挺身隊の名」で戦場に連行され、日本軍相手に売春を強いられた慰安婦であった旨の記事A・記事Bを執筆・掲載した。原告は平成26年3月末に同社を退職し、大学の非常勤講師や専任教授就任を予定していた。 被告乙1はジャーナリストで、慰安婦問題に関する自らの見解を公表しており、被告乙2〜乙4が発行する月刊誌・週刊誌に、平成26年に原告の記事を「捏造記事」「虚偽の記事」であるなどと批判する論文ア〜カを執筆・掲載し、自身のウェブサイトにも転載した。これらの論文では、原告が「継父による人身売買で慰安婦にされた」経緯を知りながら報じず、慰安婦と無関係の女子挺身隊(女子挺身勤労令によるもの)と結びつけ、事実と異なる記事を敢えて執筆したと指摘し、ジャーナリスト・大学教員としての適格性を疑問視する論評を展開した。これにより原告は大学専任教授の内定を失うなどの不利益を受け、家族にも中傷や脅迫が及んだ。 本件は、原告が被告らに対し、名誉毀損の不法行為を理由として、ウェブサイト上の記述削除、謝罪広告の掲載(民法723条)、慰謝料等合計1650万円(被告3組合せにつき各550万円)の連帯支払を求めた事案である。 【争点】 主な争点は、(1)各論文中の記述が原告の社会的評価を低下させるか、(2)摘示事実または論評の前提事実が真実または真実相当性を有するか、(3)各記述が公共の利害に関する事実に関わり専ら公益目的でされたといえるか、であった。名誉毀損の不法行為の成否は、社会的評価を低下させる事実摘示・意見論評があっても、それが公共の利害に関する事実に関わり、専ら公益を図る目的でされ、かつ摘示事実が真実または真実相当性を備え、論評が意見の域を逸脱していなければ違法性が阻却されるという最高裁判例の枠組みによって判断される。 【判旨】 請求棄却。裁判所はまず、各論文に原告の社会的評価を低下させる部分があることを認めつつ、慰安婦問題が日韓両国のみならず国連やアメリカ議会でも議論される国際問題となっていることを踏まえ、これに関する新聞の報道姿勢や記事執筆者である原告を批判する各記述は、公共の利害に関する事実に係り、専ら公益目的でされたものと認めた。 次に真実性・真実相当性の判断では、被告乙1が参照した同時期の他紙報道、訴訟記録、ジャーナリストの論文等により、元慰安婦が「継父」等の血のつながりのない男親によって金銭目的で慰安婦にされた経緯を語っていたと信じたこと、および当該経緯を原告が取材テープ等で認識していたと信じたことに相当の理由があると認定した。また、本件記事A執筆当時、新聞各紙が女子挺身勤労令による「女子挺身隊」と慰安婦を結びつける報道を繰り返していた実情に照らし、本件記事Aのリード部分を一般読者が「女子挺身勤労令上の女子挺身隊として強制連行された」と読むことは不自然ではないとし、原告が慰安婦と無関係の女子挺身隊を結びつけて事実と異なる記事を執筆したと被告乙1が信じたことにも相当の理由があるとした。 意見論評については、これらの真実または真実相当性ある事実を前提とした上で、原告がジャーナリストや大学教員として適格性を欠くとの批判が、人身攻撃に及ぶなど意見・論評の域を逸脱するものとは認められないと判断した。以上より、名誉毀損の違法性は阻却され、または被告乙1に故意・過失は認められないとして、原告の請求をいずれも棄却した。本判決は、歴史認識をめぐる言論活動において、依拠資料の信用性と文脈を踏まえた真実相当性の判断枠組みを示したものとして意義がある。