AI概要
【事案の概要】 本件は、磁気テープのサーボバンド識別技術に関する特許(特許第4157412号、特許権者は富士フイルム株式会社)について、ソニーが特許無効審判を請求したところ、特許庁が請求不成立の審決を下したことから、同審決の取消しを求めた訴訟である。問題となった発明は、磁気テープ上に設けられる複数のサーボバンド(磁気ヘッドの位置制御に用いられる信号が記録された帯状領域)のうち、どのバンドを読み取っているかを一本だけで識別できるようにした技術であり、具体的には、サーボ信号を構成する非平行な縞(ハの字状のパターン)の線の位置をサーボバンドごとにテープ長手方向にずらすことで、各バンドを特定するためのデータを信号内に埋め込むというものである。 コンピュータのバックアップ等に用いられる磁気テープでは、データを高密度に記録・再生する都合上、複数のサーボバンドのうちヘッドがどの位置にあるかを正確に把握する必要があるが、従来技術では隣接する二つのサーボバンドの信号を同時に読み取って比較する方式が主流であった。この方式ではヘッドの目詰まり等で片側の信号が読めなくなるとバンド特定ができなくなる欠点があり、本件発明はこの問題を、一本のサーボバンドだけを読めば自己の位置を判別できるようにする形で解決した。 原告は、タイミング・ベース・サーボ(非平行な縞パターンで位置制御する方式)に関する国際標準規格文書(甲1)を主引例とし、アンプリチュード・サーボ(信号の消去部分の長さでデータを符号化する方式)を開示する甲2文献等を組み合わせれば、当業者にとって本件発明に容易に想到できたはずであると主張し、甲3・甲4文献を組み合わせる別ルートや、甲2文献を主引例として周知技術を組み合わせるルートなど、合計3通りの組合せについて進歩性欠如を争った。 【争点】 各組合せにおいて、引用発明に他の文献の技術事項を適用して本件発明に想到することが、当業者にとって容易であったか否か。とりわけ、アンプリチュード・サーボを前提とする甲2発明から「サーボバンドを一意に同定する情報を符号化する」というアイデアだけを取り出し、タイミング・ベース・サーボを前提とする甲1発明や甲3発明等に組み合わせることが許されるかが大きな論点となった。 【判旨】 知財高裁は、原告の主張をいずれも退け、請求を棄却した。 まず甲1発明を主引例とするルートについて、甲1文献にはサーボバンド識別情報を隣接バンド間の相対移動量で符号化する方法の問題点が一切記載されておらず、他の符号化方法への変更を示唆する記載もないため、当業者が甲2技術事項を適用する動機付けが存在しないと判断した。アンプリチュード・サーボとタイミング・ベース・サーボが代替可能な技術であるとしても、そのことだけから符号化方法を置換する動機付けは導けないとした。 次に甲3発明を主引例とするルートについては、甲3発明はそもそもサーボ・パターンに情報を符号化して埋め込むこと自体を想定していないため、情報の符号化に関する甲4技術事項や、同一サーボバンド内にバンド識別情報を符号化する甲2技術事項を重ねて適用する動機付けは認められないとした。 さらに甲2発明を主引例とするルートについても、甲2文献にはアンプリチュード・サーボの問題点が記載されておらずタイミング・ベース・サーボへの置換を示唆する記載もないため、サーボ技術自体を置き換えてタイミング・ベース・サーボの符号化方式を採用する動機付けは認められないと判断した。甲6文献に磁気テープ環境でのアンプリチュード・サーボの欠点とタイミング・ベース・サーボ採用による解決が開示されているものの、これのみをもって置換の一般的傾向があったとまではいえないとした。 本判決は、代替可能な技術分野が存在したとしても、主引例に課題提示や示唆が欠けている場合には組合せの動機付けを容易に肯定すべきでないという進歩性判断の枠組みを明確にした事例として、特許実務上、参照されるものである。