医師法違反被告事件
判決データ
- 事件番号
- 平成29う1117
- 事件名
- 医師法違反被告事件
- 裁判所
- 大阪高等裁判所
- 裁判年月日
- 2018年11月14日
- 裁判種別・結果
- 破棄自判
- 原審裁判所
- 大阪地方裁判所
AI概要
【事案の概要】 被告人は医師免許を持たないまま、大阪府内の店舗「B」において、平成26年7月から平成27年3月にかけて、4回にわたり、客3名の上腕部等の皮膚に、いわゆるタトゥーマシン(針を取り付けた施術用具)を用いて色素を注入する入れ墨(タトゥー)の施術を行った。検察官は、この行為が医師法17条にいう「医業」に当たるとして、同法31条1項1号により被告人を起訴した。 医師法17条は「医師でなければ、医業をなしてはならない」と定め、違反者を処罰する。同条により、医師は医行為を独占して行うことができる一方、無資格者が医行為を業として行えば犯罪となる。近年、ファッションや自己表現の一環としてタトゥーの施術を受ける者が増加する中、彫り師という職業は1840年代頃から我が国に存在してきたが、これに医師免許を要求すべきか否かは、これまで明確な司法判断が示されてこなかった論点であった。 原審(大阪地裁)は、医行為とは「医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為」であると解釈した上で、入れ墨の施術は皮膚の角層のバリア機能を損ない、感染症やアレルギー反応を引き起こす危険を伴うから医行為に当たると判断し、被告人を罰金15万円に処した。弁護人はこれを不服として控訴した。 【争点】 医師法17条の「医業」の内容である「医行為」に該当するための要件として、保健衛生上の危険性に加えて「医療及び保健指導に属する行為であること」(医療関連性)が必要か否か、そして、タトゥー施術がこれに該当するかが争点となった。 【判旨(量刑)】 大阪高裁は、原判決を破棄し、被告人に無罪を言い渡した。 裁判所は、医師法1条が医師の職分を「医療及び保健指導」と定めていることに照らし、同法17条が禁止する医行為とは、医療及び保健指導に属する行為(医療関連性のある行為)の中で、医師が行うのでなければ保健衛生上の危害を生ずるおそれのある行為をいうと解すべきであると判断した。保健衛生上の危険性のみを要件とすると、医師が行うと想定し難い行為まで処罰対象となりかねず、処罰範囲が不明確に拡大するおそれがあるとした。 その上で、入れ墨(タトゥー)は地域の風習や美術的要素を伴う社会的風俗として古くから行われてきたものであり、医療を目的とする行為ではなく、また彫り師は医師とは全く独立した職業として存在してきたから、医療関連性は認められないと判断した。施術に必要な本質的内容は、施術技術、美的センス、デザインの素養であって、医学部教育で修得される医学的知識・技能とは根本的に異なるとも指摘した。昭和30年最高裁判決以降の判例も、医療目的で行われる行為に限って医行為性を検討してきたものと解されるとし、従来の最高裁判例とも矛盾しないとした。 さらに付言として、仮に医療関連性を不要とすれば、タトゥー施術業を営もうとする者に対し、医師免許という極めて厳格な資格取得を要求することとなり、彫り師にとって禁止的制約となる。海外主要国でもタトゥー施術に医師免許を要求する例はなく、届出制、登録制、より簡易な資格制度や衛生基準の策定等、より緩やかな規制によって保健衛生上の危害防止という目的は達成可能であるから、薬事法違憲判決(最高裁昭和50年4月30日大法廷判決)の基準に照らし、職業選択の自由(憲法22条1項)との関係で憲法上の疑義が生じると指摘した。 本判決は、医師法17条の医行為概念に「医療関連性」という枠組みが必要であることを明示的に認めた画期的な判断であり、タトゥー施術業の法的地位について業界による自主規制や立法的対応を促す契機となった(なお本判決に対しては検察官が上告し、最高裁令和2年9月16日決定は本判決の判断を基本的に維持している)。