AI概要
【事案の概要】 本件は、被告人が、平成28年10月3日、当時生後約1か月半の次男Aが泣きやまないことにいら立ち、頭部を複数回揺さぶるなどの暴行を加え、急性硬膜下血腫、くも膜下出血、左右多発性眼底出血等の傷害を負わせ、同月15日に蘇生後脳症により死亡させたとして、傷害致死罪で起訴された事案である。 被告人は、本件当日の午後、妻が兄(被告人の養子となった妻の連れ子)とともに買い物に出かけた午後1時30分頃から同日午後1時59分頃までの間、自宅で次男Aと長男Dとともに過ごしていた。Aは妻の外出後まもなく容態が急変し、午後1時59分頃には鼻からピンク色の風船様のものが出るなど深刻な状態に陥り、病院に搬送されたが約2週間後に死亡した。 検察官は、Aの頭蓋内の広範な出血、両眼の多層性多発性眼底出血、体表に明らかな打撲痕がないことなどの所見から、受傷原因は揺さぶりによる高エネルギーの外力であり、かつ受傷時期は妻の外出後であって、暴行を加え得たのは被告人のみであるとして、懲役6年を求刑した。いわゆる乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)が争点となる類型の事件である。 【争点】 争点は、①Aの受傷原因が揺さぶりであったといえるか、②受傷時期が妻の外出後(午後1時30分以降)に限定できるか、すなわち受傷原因となる暴行を加えることができた者が被告人のみに限られるか、の2点であった。 【判旨(量刑)】 裁判所は、以下のとおり判断し、被告人に無罪を言い渡した。 まず頭蓋内出血の原因について、検察側証人である小児科医および脳神経外科医は揺さぶりによる可能性が高いと供述したが、他方で別の脳神経外科医は、左後頭部の打撲による対側外傷として、脳が回転するように動き、架橋静脈の断裂や蝶形骨縁への側頭葉の衝突等によって本件のような複数部位の出血が生じ得ると具体的に説明した。裁判所は、同証人が高度の専門的知識と豊富な臨床経験を有し、症例報告等にも依拠した説明に不合理な点がないとして、揺さぶり以外の方法(床にウレタン等を敷いた状態での打撲など)で頭部を打撲したことにより脳損傷が生じた可能性を否定できないとした。 眼底出血についても、その重篤な程度からすれば揺さぶりによる可能性は高いとしつつ、救急搬送から眼底写真撮影までに6時間以上経過しており、その間の頭蓋内圧亢進、血液凝固機能異常、心肺蘇生の影響により出血が悪化した可能性も完全には否定できないとした。 受傷時期についても、脳実質損傷があれば意識清明期はないとする検察側証人の見解に対し、神経原性肺水腫が発症したことで低酸素状態等を介して脳が致死的ダメージを負った可能性があるとの見解を排斥できないとし、受傷時期を妻の外出後に断定することはできないと判断した。 結論として、揺さぶりによる受傷であるとも、受傷時期が被告人のみが現場にいた時間帯であるとも断定できず、妻や兄による落下を含む行為の可能性も現実的なものとして残るとして、公訴事実について常識に照らして間違いないといえるほどの立証はないとし、刑事訴訟法336条により無罪を言い渡した。本判決は、SBS仮説による推認のみで有罪とすることに慎重な姿勢を示したものとして、近時の同種事件における無罪判決の流れに位置づけられる。