傷害致死
判決データ
AI概要
【事案の概要】 本件は、精神科病院に勤務していた准看護師2名(被告人A及び被告人B)が、入院中の男性患者(当時33歳)に対し、共謀の上、被告人Aが仰向けに寝ていた被害者の顔面を足で踏み付けるなどの暴行を加え、被告人Bが膝で被害者の頸部等を押さえつけて体重をかけるなどの暴行を加えて頸髄損傷等の傷害を負わせ、その傷害を原因とする両側性肺炎により死亡させたとして、傷害致死罪で起訴された事案である。 被害者は頸部ジストニアにより頸椎が前方下方向に屈折し、顎が胸につく状態で、頸椎に骨癒合が生じていたが、病院の医師や看護師らはそのことを認識していなかった。平成24年1月1日、被告人両名は保護室において被害者のおむつ交換後にズボンをはかせようとした際、被害者が突然左足を伸ばし、これが被告人Aに当たった直後、被告人Aは被害者の頭部付近に移動して足を上下させる動作を行い、被告人Bは被害者の上半身に覆いかぶさって押さえ付けた。本件の一連の行動は保護室天井のカメラに1秒4コマで録画されていた。被害者は翌日以降両下肢を動かさなくなり、頸椎骨折・頸髄損傷と診断され、約2年4か月後に両側性肺炎で死亡した。 原判決(東京地裁)は、被告人Aについては左足で被害者頭部を1回蹴る暴行のみを認定し、その暴行と頸椎骨折との因果関係の立証が尽くされていないとして暴行罪の限度で罰金30万円とし、被告人Bについては暴行の事実も共謀も認定できないとして無罪とした。これに対し検察官が双方について、被告人Aの弁護人が自己について、それぞれ控訴した。 【争点】 主な争点は、(1)映像上の被告人Aの右足の上下動が踏み付け暴行といえるか、(2)被告人Bが左膝で被害者頸部を押さえ付ける暴行をしたといえるか、(3)被告人両名の共謀の成否、(4)被告人Bの抑制行為の正当業務行為性、(5)被告人Aに傷害致死罪の単独犯又は同時傷害の特例(刑法207条)による傷害致死罪が成立するか、(6)暴行罪の限度にとどまる場合に公訴時効(3年)の完成により免訴すべきかの各点である。 【判旨(量刑)】 東京高裁は、以下のとおり判断した。第一に、被告人Aの暴行について、映像上、自らの頭部や両肩部をほぼ同じ位置にとどめたまま2回にわたり右足を上下させ、2回目に足を下げた際に被害者の頭髪が広がるように乱れていることなどから、左足による1回に加え右足でも少なくとも1回意図的に頭部を踏み付ける暴行があったと認定した(原判決の事実誤認)。もっとも、この誤認は被告人Bとの共謀や因果関係、量刑を左右しないため結論に影響しない。 第二に、被告人Bの暴行については、カメラが真上から撮影していて左膝の位置を確定できず、左膝が被害者頸部の後方の床にあった可能性も排斥できないとして、頸部への押し付け暴行を認定できないとした原判決を維持した。共謀についても、被告人Aの足蹴りは抑制目的とは全く異なる報復目的による衝動的行為であり、被告人Bにとって予期し得ない行為であったから、共謀に基づく行為ではないとした。被告人Bの抑制行為自体は、被害者が強い力で激しく抵抗していたこと、頸部の骨癒合について指示がなかったこと等を踏まえ、看護目的での抑制として社会的相当性が認められ、正当業務行為として違法性が阻却されるとした。 第三に、被告人Aの罪責については、被告人Bの左膝が被害者頸部に乗り体重がかかった可能性も否定できない以上、被告人Aの暴行と傷害結果との因果関係は立証されておらず単独犯は成立しない。同時傷害の特例(刑法207条)については、仮に被告人Bが頸部に膝を乗せたとしても、それが過失により抑制行為のなかで生じた可能性を否定できず、故意の「暴行」と認定できない以上、同特例の適用の前提を欠くとした。 第四に、被告人Aに成立するのは暴行罪(法定刑2年以下の懲役等)の限度にとどまり、公訴時効は3年であるところ、犯行から起訴までに約3年7か月が経過しており、公訴提起時に時効が完成していたから、原判決が有罪を言い渡したことは法令適用の誤りに当たる。 以上により、被告人Aに関する原判決部分を破棄し、刑事訴訟法337条4号により免訴を言い渡し、被告人Bに関する検察官の控訴は棄却した。精神科病棟での身体抑制の法的評価と、同時傷害の特例の適用範囲(他方行為者の行為が故意の「暴行」といえるかが前提となること)を示した実務上重要な判断である。