AI概要
【事案の概要】 本件は、ネマチック液晶組成物に関する特許(特許第5622056号、発明の名称「ネマチック液晶組成物」)の無効審判請求が不成立とされたことを不服として、審判請求人であった原告(JNC株式会社)が、特許権者である被告(DIC株式会社)を相手取り、特許庁の審決の取消しを求めた事案である。 本件特許は、液晶ディスプレイ(TN-LCD等)に用いられる液晶組成物に関するものであり、第一成分として「CC-3-V」と呼ばれる特定の末端アルケニル基を有するビシクロヘキサン誘導体(構造式(1))を35~65%含有し、第二成分として一定の四環化合物(一般式(2))から選ばれる2種以上の化合物を含有することを要件とする。液晶ディスプレイでは応答速度の高速化(低粘度化)と広い動作温度範囲(広いネマチック相温度範囲)の両立が求められるが、両者はトレードオフ関係にあり、本件発明はこの矛盾する要請に応えるものとして位置付けられている。また、本件訂正により、「加熱150℃1時間後の60℃での電圧保持率が96%以上」との要件が追加され、高温での信頼性も発明の要素とされた。 原告は、国際公開第2005/017067号(甲1)に記載された発明からの容易想到性、特開2006-328399号公報(甲8)に記載された発明との同一性、さらにサポート要件・実施可能要件違反を主張した。 【争点】 主たる争点は、(1)甲1発明の認定の当否、(2)甲1発明を出発点とした本件発明の進歩性(CC-3-Vを35重量%以上配合することの容易想到性)、(3)甲8発明との実質的同一性(相違点3-5・3-6の実質性)、(4)サポート要件・実施可能要件適合性である。 【判旨】 知財高裁第3部は、原告の請求をいずれも棄却した。 甲1発明の認定については、甲1には式Iの下位概念であるCC-n-V等を単独で24重量%以上用いる具体的示唆がなく、審決の認定に誤りはないとした。 容易想到性については、本件原出願当時、モノアルケニルビシクロヘキサン化合物はネマチック相の温度範囲が狭くスメクチック相が広いと認識されており、当業者はCC-3-Vよりもネマチック相の温度範囲が広いCC-3-V1やCC-5-Vを好ましいと認識するのが通常であったとした。甲1の例M1~M8でもCC-3-V1が必ず併用されているが、これはネマチック相確保の役割を担うためであると理解されることから、CC-3-V1等を専らCC-3-Vに置き換え、かつその配合量を35重量%以上とすることを当業者が容易に想到できたとはいえないと判断した。 甲8発明2との同一性については、審決が実質的相違点とした相違点3-5(四環化合物の環構造)は、2,5-テトラヒドロピラニレン基とシクロヘキシレン基・フェニレン基との物理的性質の差があり、実質的相違点に当たるとした(審決の結論は正当)。他方、審決が実質的相違点とした相違点3-6(電圧保持率96%以上)については、液晶組成物からイオン性不純物や水分を除去する方法は本件原出願当時の周知技術であり、甲8発明2の液晶組成物も同様に調製されていたと認められることから、相違点3-6は実質的相違点とはいえないと審決の判断を一部是正したものの、結論として同一性を否定した審決の判断に誤りはないとした。 サポート要件・実施可能要件についても、本件明細書と当時の技術常識に照らして当業者が実施可能であり、実施例が課題で示される温度特性(TN-I 70℃以上、T→N -20℃以下)と低粘度の両立を実現していることから、いずれの要件にも適合すると判断した。 本判決は、液晶組成物分野における進歩性判断において、類似する低粘度成分間の「交換可能性」を安易に肯定せず、ネマチック相温度範囲への影響という他の物性をも含めた総合的観点から当業者の動機付けを厳密に検討したものであり、材料分野の特許審査・無効審判実務にとって参考となる事例といえる。