AI概要
【事案の概要】 本件は、液晶ディスプレイ用のネマチック液晶組成物に関する特許(特許第5622058号、発明の名称「ネマチック液晶組成物」)について、原告JNC株式会社が被告DIC株式会社を相手取り、特許庁の無効不成立審決の取消しを求めた審決取消訴訟である。 本件特許は、構造式(1)で表される化合物(モノアルケニルビシクロヘキサン誘導体であるCC-3-V)を35~65%含有し、第二成分として一般式(2)で表される四環化合物を2種以上10~30質量%含有することを特徴とし、25℃における誘電率異方性(Δε)が2.5~7.0であるアクティブマトリックス型液晶表示素子用ネマチック液晶組成物に係るものである。液晶ディスプレイの高速応答化のためには液晶組成物の低粘性化が求められる一方、広いネマチック相温度範囲も両立させることが技術的課題であり、本件発明は減粘剤であるCC-3-Vを高濃度で配合しつつ四環化合物を組み合わせることで、この両立を図るものである。 原告は平成27年、本件特許が先行文献である甲1(国際公開第2005/017067号)、甲2(特開2004-238489号公報)、甲3(特開2005-220355号公報)の各発明に基づき当業者が容易に発明できたとして無効審判を請求したが、特許庁は平成29年、請求不成立の審決をした。原告はこれを不服として本件訴訟を提起した。 【争点】 主な争点は、①甲1、甲2の各引用発明の認定の当否(下位概念であるCC-3-Vを引用発明の要素として認定すべきか)、②本件発明と各引用発明との相違点の容易想到性、③甲8発明1と本件発明の実質的同一性である。特に、CC-3-Vを35重量%以上含有するとの構成を当業者が容易に想到し得たかが核心的な争点となった。 【判旨】 知的財産高等裁判所(第3部・鶴岡稔彦裁判長)は、原告の請求を棄却した。 引用発明の認定について、甲1及び甲2には式Iの化合物を24重量%以上用いることは記載されているものの、その下位概念であるCC-3-Vを単独でその濃度で用いた実施例や具体的示唆はなく、下位概念を取り込んだ発明として認定すべき理由はないとして、審決の認定を支持した。 容易想到性の判断については、CC-3-V、CC-5-V、CC-3-V1はいずれも低粘度成分として低い回転粘度を得る観点では交換可能と評価する余地があるものの、本件発明が「液晶相温度範囲が広く、粘性が低い」ことを課題とする以上、ネマチック相に与える影響も考慮する必要があると指摘した。当時の技術常識に照らせば、CC-3-Vはネマチック相の温度範囲が狭くスメクチック相が広いため、当業者はむしろ適度な温度範囲のネマチック相を有するCC-3-V1を併用する方向で理解するのが通常であり、CC-3-V1などを減らして専らCC-3-Vに置き換え、その配合量を35重量%以上とすることまで容易に想到できたとはいえないと判示した。 甲8発明1との同一性についても、甲8の実施例で用いられた四環化合物は本件発明の一般式(2)の化合物とは環構造が顕著に異なること、各成分合計濃度の構成も甲8に示されていないことから、相違点は実質的なものと認めた。 本判決は、特許法29条2項に関する先行発明の認定において、実施例で多用されている下位概念化合物を安易に引用発明の構成要素として取り込むことを否定し、課題解決との関係で交換可能性を評価することの重要性を示した事例として、液晶材料分野における特許実務上の意義を有する。