自由発明対価等請求事件
判決データ
AI概要
【事案の概要】 本件は、金沢大学大学院医学系研究科の助教授であった原告が、アラキドン酸とドコサヘキサエン酸を組み合わせた組成物が脳挫傷や脳梗塞に起因する高次脳機能障害における記憶機能の低下を改善することを示した発明(本件発明)の発明者の一人として、共同出願人であったサントリー株式会社から権利義務を承継した被告に対し、発明対価の支払を求めた事案である。 原告は、平成15年当時、高次脳機能障害の評価法であるアーバンス(RBANS)神経心理テストを日本版として整備しつつあったところ、サントリーから健康食品と脳機能との関連に関する研究を委託され、同社従業員のP3らと共同で、アラキドン酸含有油脂の経口投与による即時記憶・遅延記憶の有意な改善を実証し、本件発明を完成させた。その後、金沢大学とサントリーは平成16年12月に共同研究契約を締結し、新聞報道を契機に出願を急いだ結果、平成17年6月に共同出願(持分各50%)がなされた。原告は特許を受ける権利の自己の持分全部を金沢大学に譲渡する旨の譲渡証書に署名押印し、補償金も金沢大学からのみ支払を受けてきた。 本訴において原告は、主位的に特許法35条3項に基づく職務発明対価として、予備的に譲渡に伴う合理的意思解釈ないし信義則に基づく譲渡対価、または特許法35条3項の類推適用による相当の対価として、合計1億3500万円及び平成27年4月以降の国内販売分・国外販売分の対価を請求した。いずれの請求も、原告が特許を受ける権利の持分をサントリー(被告)にも譲渡したことを前提とするものであった。 【争点】 中心的争点は、原告が本件発明に係る特許を受ける権利の持分をサントリーに譲渡したと認められるかである。これが否定されれば、職務発明対価、合理的譲渡対価、類推適用による相当の対価のいずれの請求も基礎を欠くことになる。前提として、本件発明が本件共同研究契約の成果といえるか、本件発明がサントリーを使用者とする職務発明か金沢大学の職務発明かも争われた。 【判旨】 裁判所はまず、本件発明は本件共同研究契約の成果として行われたものと認定した。共同研究契約の研究目的がアラキドン酸含有油脂の高次脳機能への影響を検討する点にあり本件発明の対象と一致すること、サントリーが出願の当初から共同研究契約上の発明として処理する方針であったこと、原告自身が金沢大学への発明届出書に本件共同研究契約の成果である旨を記載し契約書を添付していたこと、研究代表者P4がサントリーに提出した共同研究報告書の内容が本件発明の明細書記載と同旨であることなどを総合すれば、原告の治験が契約期間開始前から先行していた可能性を考慮しても結論は左右されないとした。 その上で、共同研究契約には各当事者がそれぞれに属する発明者に対してのみ補償を行う旨が明記されており、サントリーが自社従業員P3の持分以外に原告の持分まで譲り受ける意思を有していたとはおよそ考え難いこと、原告自身が金沢大学に持分100%を譲渡する旨の譲渡証書(乙11)に署名押印していること、出願時の持分が各50%と定められ、補償金もサントリーはP3にのみ、金沢大学は原告にのみ支払われてきた運用と整合することから、原告の持分はすべて金沢大学に譲渡されたのであって、サントリーに譲渡されたとは認められないと判断した。原告が後に作成した譲受人を連名とする譲渡証書(乙10)は、外国出願に際しサントリーが通常用いていた書式によるもので、先の譲渡証書を訂正する趣旨とは認められないとした。 以上より、主位的請求(職務発明対価)は、権利の譲渡がない以上特許法35条3項の適用余地がなく棄却され、予備的請求1(合理的意思解釈・信義則)も譲渡の存在を前提とする以上理由がなく棄却、予備的請求2(35条3項類推適用)についても譲渡が認められない以上類推の前提を欠くとして棄却された。なお、平成27年4月以降の国内販売分及び平成15年以降の国外販売分に係る請求は給付内容が特定されておらず不適法として却下された。大学と企業の共同研究における発明者への補償は各所属機関が自機関所属の発明者に対してのみ行うという契約上の仕組みを正面から尊重した判断であり、産学連携契約に基づく権利帰属と対価処理の基本構造を確認した事例として意義を有する。