AI概要
【事案の概要】 本件は、鋼矢板(こうやいた。土留め等に使用されるU字型の鋼材)を地盤に圧入・引抜する機械に関する特許権をめぐる審決取消訴訟である。被告は、発明の名称を「鋼矢板圧入引抜機及び鋼矢板圧入引抜工法」とする特許(特許第5763225号。請求項の数9)の特許権者である。本件特許発明の特徴は、既設の鋼矢板の継手ピッチ(鋼矢板同士を連結する部分の間隔)が400mm、500mm、600mmのいずれであっても、1台の機械で、既設の先頭の鋼矢板からクランプ(把持)することを可能にした点にある。従来の鋼矢板圧入引抜機では、継手ピッチのサイズに応じて専用機を使い分ける必要があり、特に200mm程度以上の寸法差がある鋼矢板を1台で施工することができなかった。 原告(鋼矢板圧入引抜機の有力メーカー)は、平成29年6月、請求項1ないし3、8及び9に係る発明について特許無効審判を請求し、①サポート要件違反、②甲1号証(公開特許公報)記載の発明による新規性欠如・進歩性欠如、③「TILT PILER WP-100」の取扱説明書(甲5号証)に基づく公然実施発明による新規性欠如・進歩性欠如を主張した。これに対し特許庁は、平成30年1月、いずれの無効理由も認められないとして請求不成立の審決をした。原告はこの審決の取消しを求めて本件訴訟を提起した。 【争点】 原告が主張した取消事由は3点である。すなわち、①本件発明が特許法36条6項1号に定めるサポート要件(特許請求の範囲の記載が発明の詳細な説明に記載されたものであるという要件)に適合するとした判断の誤り、②甲1記載の発明及び周知技術を前提とした進歩性判断の誤り、③甲5記載の公然実施発明(WP-100)及び周知技術を前提とした進歩性判断の誤りである。主な争点は、既設の先頭鋼矢板のクランプに伴う「チャック装置干渉問題」(継手ピッチが狭い鋼矢板をクランプすると、チャック装置が機械の他の部材と干渉して施工できない問題)を、本件出願前の当業者が適宜の方法で解決できたといえるかであった。 【判旨】 知的財産高等裁判所は、原告の請求を棄却した。 まずサポート要件について、本件明細書には、継手ピッチが200mm程度以上の寸法差を有する鋼矢板の双方を1台で施工可能な機械が従来提供されていなかったという課題と、その解決手段として、クランプガイドとクランプ部材の組み替えにより継手ピッチ400mm、500mm、600mmのいずれでも先頭からクランプ可能とする構成が明記されていると認定し、当業者は本件発明によって課題を解決できると認識できるとして、サポート要件適合性を肯定した。 次に甲1発明を主引用例とする進歩性判断について、甲1には継手ピッチ600mm・700mmのU形鋼矢板のクランプが開示されているにとどまり、400mm・500mmを含む200mm以上の寸法差を有する鋼矢板を1台でクランプすることの開示はないとした。また、甲2ないし4から「共下がり防止のため既設先頭の矢板をクランプする」という周知技術は認定できるものの、これを甲1発明に適用しても、チャック装置干渉問題の解決なしには本件発明の構成に到達できず、かつ本件出願前において当業者がチャック装置干渉問題を適宜の方法で解決できたことを認める証拠はないとして、容易想到性を否定した。 さらに甲5発明を主引用例とする進歩性判断についても、甲5の取扱説明書には、継手ピッチ400mmの場合には「圧入する矢板の手前の矢板はクランプすることが出来ません」と明記され、代わりに溶接止めを指示していることからすれば、甲5発明から先頭の鋼矢板をクランプする構成を採用する動機付けはなく、かえって阻害事由が存することを認定した。原告が前件訴訟(同じ特許に関する先行の無効審判取消訴訟)の判決の説示を援用して、当業者はチャック装置干渉問題を適宜解決できた旨主張した点についても、当該説示は本件出願後に本件明細書に接した当業者を前提としたものであり、本件出願前の技術水準を示すものではないとして排斥した。 以上により、本件審決に取り消すべき違法はないとして、原告の請求は棄却された。本判決は、鋼矢板圧入施工における実務上の課題である広い継手ピッチ対応の機械について、先行技術からの進歩性を肯定し特許を維持した事例であり、後発メーカーの市場参入に影響を与える判断として実務上の意義を有する。