特許取消決定取消請求事件
判決データ
AI概要
【事案の概要】 本件は、宇部興産株式会社(原告)が保有する「ポリイミド、及びポリイミド前駆体」に関する特許(特許第5923887号、請求項数9)について、特許異議申立てを受けた特許庁が請求項1ないし9に係る特許を取り消す決定を下したことから、原告がその決定の取消しを求めた事件である。 本件特許の発明は、フレキシブルディスプレイ、太陽電池、タッチパネル用の透明基材等に用いられる高透明性のポリイミドの製造方法に関するものであった。具体的には、原料モノマーであるジアミン誘導体とテトラカルボン酸誘導体について、それぞれ特定の溶媒に10質量%の濃度で溶解した溶液の波長400nm・光路長1cmにおける光透過率を指標として、芳香環を有しないジアミン誘導体は90%以上、芳香環を有するジアミン誘導体は80%以上、テトラカルボン酸誘導体は80%以上と規定した上で、特定の溶媒を使用し200℃から500℃でイミド化するという製造方法を特許請求の範囲として定めていた。 従来、ポリイミドは高耐熱性・高寸法安定性等の特性を有するものの、化学構造に起因して黄褐色に着色しやすく、光学用途への利用が課題であった。本件発明は、原料モノマー自体の光透過率を厳密に管理することで、従来品よりも透明性を大幅に改善したとされる。 特許庁は、先行文献(甲4文献「新訂 最新ポリイミド」、甲5文献の学術論文)に基づく進歩性欠如、サポート要件違反、実施可能要件違反を理由に特許を取り消したため、原告がこの取消決定の取消しを求めて知的財産高等裁判所に出訴した。 【争点】 争点は、①甲4発明及び甲5発明の認定の当否、②各相違点に係る容易想到性判断の当否、③特許請求の範囲の記載が発明の詳細な説明に裏付けられているかというサポート要件違反の有無、④当業者が本件発明を実施できるかという実施可能要件違反の有無の各点である。取消事由は6つにわたった。 特に中心的な争点となったのは、高透明性ポリイミドを得るため、原料ジアミン誘導体について「本件光透過率(純水又はDMAcに10質量%濃度で溶解した溶液の波長400nm・光路長1cmの光透過率)が80%~90%以上」という特定の指標を採用することが、本件特許出願当時、当業者にとって周知であったか否かであった。 【判旨】 知的財産高等裁判所第2部(森義之裁判長)は、特許取消決定を取り消した。 裁判所は、①テトラカルボン酸誘導体について波長400nm・光路長1cmの光透過率を指標として使用することが当業者にとって周知であったことは認めたものの、②ジアミン誘導体について、本件光透過率が80%~90%以上のものを使用することは周知であったとは認められないと判断した。 その理由として、モノマーとして本件光透過率が80%~90%以上のジアミン誘導体を使用することを記載した文献が本件証拠上一切存在しないこと、着色の少ないジアミン誘導体を使用することが周知であったとしても、着色の度合いと光透過性との相関の程度は不明であり、両者を同一視できないことを挙げた。また、原告の実験(甲37)によれば、ジアミン誘導体の純度と光透過率は必ずしも相関せず、LC純度が高い製品でも光透過率が1%にとどまる例が示されており、テトラカルボン酸誘導体に要求される光透過率と同程度のものをジアミン誘導体にも当然に求めるとは認められないとした。 したがって、甲4発明又は甲5発明に周知技術を組み合わせても本件発明1の構成には到達せず、進歩性が否定できないと結論づけた。さらに、サポート要件についても、本件明細書には6つの実施例が記載され当業者が課題を解決できると認識できる範囲のものであるとし、実施可能要件についても当業者が本件発明を実施することができると認め、いずれも特許庁の判断を誤りとした。 本判決は、化学・材料分野の特許における「周知技術」の認定について、文献上の記載の有無と技術的相関関係の客観的裏付けを厳格に求める姿勢を示したものとして、進歩性判断の実務上重要な意義を有する。