AI概要
【事案の概要】 本件は、発明の名称を「地殻様組成体の製造方法」とする特許出願(特願2012-83259号)について、特許庁が拒絶査定不服審判請求を不成立とした審決の取消しを求めた事案である。 本願発明は、2011年3月11日の東日本大震災に伴う原子力発電所事故を背景とするものである。同事故により大量の放射性物質が飛散し、ゴミ焼却場の焼却灰、下水処理場の汚泥、被災地の瓦礫、河川・海洋などに放射能汚染物質が確認され、これら汚染物質の処分が深刻な課題となっていた。従来の放射性廃棄物処分方法(地層処分、余裕深度処分、浅地中ピット処分等)は極めて長期間の管理を要し、高度の技術とコストを要するため、増加し続ける汚染材を処分管理していくことが困難であった。 本願発明1は、炭酸カルシウム組成物、ケイ酸質組成物、酸化鉄組成物を焼成した固相組成物(地殻様組成体)を微粉砕した粉砕材と、放射性物質を含む汚染材を「セシウム及び/又はストロンチウムの気化温度未満」で焼成した焼成汚染材とを水で混練して、放射能濃度が法令基準値以下のペースト状組成物を生成する製造方法である。 特許庁は、①「セシウム及び/又はストロンチウムの気化温度未満」の意義が不明確でサポート要件(特許法36条6項1号)を満たさない、②川崎市ホームページ掲載の「放射性物質が検出された下水汚泥焼却灰等の処分にむけた検討状況」と題する資料に記載された発明に基づき当業者が容易に発明できた(進歩性欠如、同法29条2項)として、拒絶査定不服審判請求を不成立としたため、原告がその取消しを求めた。 【争点】 主たる争点は、①特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか、②引用文献から審決認定の引用発明を認定できるか、の2点である。 【判旨】 知的財産高等裁判所は、原告の取消事由をいずれも認め、審決を取り消した。 サポート要件については、本願請求項1の「セシウム及び/又はストロンチウムの気化温度未満で焼成」との記載は、汚染材に含まれる放射性物質の気化温度未満で焼成することを意味する趣旨と自然に解される。すなわち、セシウムとストロンチウムの両者を同時に含む場合には両者の気化温度に共通する部分となるより低いセシウムの気化温度未満で焼成することを、いずれか一方のみを含む場合には当該放射性物質の気化温度未満で焼成することを特定するものであるから、発明の詳細な説明の記載により当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであると判示した。被告(特許庁)が主張したセシウム・ストロンチウム以外の放射性物質が含まれることを前提とする解釈は採用できないとした。 引用発明の認定については、引用文献は役所内検討会議の論点整理資料にすぎず、放射性物質が検出された下水汚泥をどのように焼却するか、下水汚泥焼却灰をセメント原料化する際にどのような対策をするか等、具体的な方法・手順・条件といった技術的思想として観念するに足りる事項の記載が一切存在せず、方針や有識者の意見が断片的に記載されているにすぎないから、ひとまとまりの具体的な技術的思想が記載されているとはいえず、引用発明の認定自体が誤りであると判示した。 本判決は、刊行物記載の発明として認定できるためには、具体的な技術的思想として観念し得る事項の記載が必要であり、方針や検討状況の断片的記載では足りないこと、サポート要件の判断においては特許請求の範囲の文言を発明の詳細な説明と整合的に自然に解釈すべきことを示した事例として、実務的意義を有する。