審決取消請求事件
判決データ
AI概要
【事案の概要】 本件は,「ディジタル有効データの伝送方法」と題する発明に係る特許(特許第4021622号)について,その特許権者である被告が設定登録を受けた後,原告がこれを無効とする審判を特許庁に請求したものの,特許庁が「本件審判の請求は成り立たない」とする審決をしたことから,原告が当該審決の取消しを求めて提起した審決取消訴訟である。 本件特許は,GSMやUMTSといった異なる移動無線規格が混在する環境下において,第1の移動局から第2の移動局へディジタルデータ(音声,映像等)を効率的に伝送する方法に関する発明である。具体的には,第1の通信ネットワークから第2の通信ネットワークへデータを中継する「中間局」において,従来必要とされていた第1段階での情報源復号化及び情報源符号化を省略し,代わりに第1段階での符号化形式に関する情報を含むシグナリングデータを第2の移動局に伝送することで,第2の移動局側で当該シグナリングデータに依存してデータを復号できるようにした点に技術的意義がある。これにより,中間局における計算の煩雑さを抑え,かつ符号変換時に生じるデータ損失を回避することができる。 原告は,本件特許が,特開平6-6295号公報記載の発明(引用発明)と他の公知文献(甲1,3,5〜8)に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項により無効とされるべきであると主張した。 【争点】 主たる争点は,本件発明1の進歩性判断の当否,とりわけ次の点である。 第1に,本件発明1における「第1の通信ネットワーク」及び「第2の通信ネットワーク」の意義を,それぞれ異なる移動無線規格に従って構成されたネットワークと解すべきか,それとも単に移動局から基地局,基地局から移動局への伝送チャネルを提供するものにすぎないと解すべきか(一致点・相違点認定の前提となるクレーム解釈)。第2に,中継を行う局においてチャネル符号(誤り訂正符号)を一度復号化し再度符号化して送信する構成が,甲1,3,5〜8に開示されているか(相違点2の一部及び相違点3に係る容易想到性判断)。 【判旨】 知財高裁は,原告の請求を棄却した。 第1に,「ネットワーク」の解釈について,請求項1には直接の定義はないものの,本件明細書の実施例は第1の通信ネットワークをGSM規格,第2の通信ネットワークをUMTS規格に従って構成するものを前提としており,両ネットワークが同一の移動無線規格に従うのであれば,中間局で第1段階の復号・符号化を省略するという本件発明の課題自体が生じないことに照らせば,「第1の通信ネットワーク」と「第2の通信ネットワーク」は,それぞれ異なる移動無線規格に従って構成されたものを意味すると解すべきであるとした。原告が指摘する明細書【0021】【0022】の記載は,ハイブリッドGSM/UMTSネットワークを例示するものにとどまり,上記解釈と矛盾しないと判断した。また,被告が過去の侵害訴訟で異なる主張をしていたとする点についても,事案を異にし,明らかな整合性の欠如とはいえないとした。 第2に,引用発明は1つの通信ネットワークに関する発明であるから,2つの通信ネットワークを前提とする本件発明1とは,「第1/第2の通信ネットワーク」の存在(相違点1)及び「中間局」でのチャネル復号・再符号化処理(相違点2,3)において相違する。そして,甲1はPDC方式,甲3もNTTドコモのPDC方式のハーフレート化に関する技術であり,甲5〜8にも異なる移動無線規格間の中継を示唆する記載はないから,いずれも送信側と受信側が同一規格に基づく構成を前提としており,異なる規格間でチャネル復号と再符号化を行うという本件発明1の中間局の構成を開示するものではないと認定した。 以上より,引用発明に甲各号証を組み合わせても本件発明1に容易に想到することはできず,従属項等に係る取消事由2,3についても同様に理由がないとして,原告の請求をすべて棄却した。本判決は,クレーム解釈において明細書が示す技術的課題の内容を重視し,請求項の文言のみからは明らかでない限定を読み込んだ事例として,特許の技術的意義と先行技術との差異を慎重に対比した判断の一例といえる。