AI概要
【事案の概要】 本件は、手書き文章をデータ入力するシステム(ピースエントリーシステム)の操作マニュアルを作成した原告が、システムを開発した被告株式会社に対し、著作権侵害等を理由に損害賠償等を求めた事件である。原告は、被告の取引先である株式会社アイエスエフネットライフの従業員として、被告の依頼を受けて本件マニュアルを作成した。本件マニュアルは表紙と本文から構成され、本文は本件システム使用時に表示される画面を取り込んだ画像と、当該画像に付されたコメントにより構成されており、総頁数は158頁に及ぶものであった。その後、被告は、本件マニュアル中の日本語コメントをシンハラ語及び英語に翻訳して併記し、一部の頁を削除・変更・追加するとともに、表紙に記載された原告の氏名の読み方を異なる表記に変更した被告マニュアルを作成した。原告は、こうした被告の行為が本件マニュアルについての翻案権、同一性保持権及び氏名表示権を侵害するとして、著作権法112条1項に基づく被告マニュアルの複製差止め、及び民法709条に基づく損害賠償金2500万円(翻案権侵害2340万円、同一性保持権侵害160万円、氏名表示権侵害160万円、合計2660万円のうち一部請求)の支払を求めた。被告は、本件マニュアルには著作物性がないこと、仮に著作物であっても職務著作であること、翻訳については許諾があったこと等を主張して争った。 【争点】 主な争点は、本件マニュアルの著作物性の有無、職務著作性の有無、翻訳等についての許諾の有無、損害の発生の有無及び額の4点であるが、裁判所はまず著作物性の有無を中心に判断した。 【判旨】 東京地方裁判所は、原告の請求をいずれも棄却した。裁判所は、著作物といえるためには厳密な意味での独創性までは要しないものの、作成者の何らかの個性が表現されていることが必要であり、文章自体がごく短い場合や表現上の制約から他の表現が想定できない場合、表現が平凡かつありふれている場合には創作的表現とはいえないとの一般論を示した。そのうえで本件マニュアルについて、システムの機能や操作方法の説明を目的として作成されたものであり、本件コメントは各頁に表示された画面内容や関連する機能・操作といった客観的事実を説明することを目的としており、その性質上、機能や操作方法を分かりやすく一般的に用いられるありふれた表現で示すことが求められ、表現の選択の幅は狭いと認定した。本件コメントではコンピュータ用語が用いられているものの、当該説明において他の表現を用いることは想定し難く、特徴的な言い回しも存しないとして、原告の個性が表現されているとはいえず、本件マニュアルに著作物性は認められないと判断した。著作物性が否定された以上、その余の争点について判断するまでもなく請求に理由がないとして、翻案権、同一性保持権及び氏名表示権侵害の主張はいずれも採用されなかった。本判決は、実用的なソフトウェアのマニュアルにおいて、機能説明という目的上表現の選択の幅が限られる場合には著作物性が否定されうることを示した事例として、実務上参考になるものである。