AI概要
【事案の概要】 本件は,発明の名称を「プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型(PCSK9)に対する抗原結合タンパク質」とする特許(特許第5705288号。請求項の数9)の特許権者である被告(米バイオ医薬品大手アムジエン社)に対し,原告(仏製薬大手サノフィ)が特許無効審判を請求したところ,特許庁が本件訂正を認めた上で請求項1及び9に係る発明についての審判請求は成り立たないとの審決をしたため,原告が審決の取消しを求めた事案である。 本件特許は,血中の悪玉コレステロール値を調整するPCSK9というタンパク質が,肝細胞表面のLDL受容体(LDLR)と結合し,これを分解することでLDLR量を減少させ,血中LDLコレステロール値を上昇させる機能に着目したものである。すなわち,PCSK9とLDLRの結合を中和する抗体(モノクローナル抗体)を用いれば,LDLR量が増加して血中LDLコレステロール値が低下するため,高コレステロール血症の治療薬となり得る。本件訂正発明1は,特定の参照抗体(「21B12抗体」)と競合する単離されたモノクローナル抗体を,本件訂正発明9は同抗体を含む医薬組成物を,それぞれ権利範囲とするものである。本件特許は国際的に注目を浴びていた画期的な高コレステロール血症治療薬「レパーサ」(エボロクマブ)の基礎特許に関わるものとされる。 【争点】 取消事由は,(1)甲1(学術論文「J.Clin.Invest.」掲載論文)を主引用例とする進歩性の判断の誤り,(2)サポート要件の判断の誤り,(3)実施可能要件の判断の誤りである。 原告は,甲1にはPCSK9とLDLRの結合を阻害する抗体を取得する動機づけが示されており,当業者は周知のモノクローナル抗体作成技術を用いて参照抗体と競合する結合中和抗体を容易に想到できたと主張した。また,本件訂正発明1は抗体の構造を特定せず機能のみで定義されており,実施例として記載された抗体はわずか3種類にすぎないから,広範な権利範囲について発明の詳細な説明の記載によっては課題を解決できるとは認識し得ず,サポート要件及び実施可能要件を欠くと主張した。 【判旨】 請求棄却。 知的財産高等裁判所第4部(大鷹一郎裁判長)は,次のとおり判示して原告の請求を棄却した。 進歩性について,甲1はPCSK9とLDLRとの結合を阻害する物質を探索する動機づけを与えるものの,参照抗体(21B12抗体)のCDRアミノ酸配列情報の開示はなく,当業者が甲1及び周知技術に基づいて動物免疫法又はファージディスプレイ法によって参照抗体自体を取得することを容易に想到することはできない。したがって,参照抗体と「競合する」抗体についてもなお容易想到とはいえないと判断した。原告は,PCSK9とLDLRとの結合中和抗体の多くは参照抗体と競合する関係にあると主張したが,本件明細書の表37.1やA教授の供述書からはそのような割合を導き出すことはできず,他社(ノバルティス社)の結合中和抗体のエピトープ位置が参照抗体と異なることに照らしても,結合中和抗体であれば参照抗体と競合するとはいえないとして排斥した。 サポート要件については,動物免疫法によるモノクローナル抗体の作製プロセスでは,スクリーニング過程を通じて特定の結合特性を有する抗体のアミノ酸配列が事後的に特定されていくことが技術常識であるから,あらかじめ構造(アミノ酸配列)を特定することは必須でないとした上,当業者は本件明細書記載の免疫化プログラム及びスクリーニング・エピトープビニングアッセイを反復することにより,参照抗体と競合する中和抗体を複数得られると認識できるとして,機能的クレームであることをもってサポート要件違反とはならないと判断した。実施可能要件についても同様の理由から過度の試行錯誤を要しないとして適合を認め,本件審決に誤りはないとして原告の取消事由をいずれも排斥した。 本判決は,抗体医薬品の特許において,物の構造(アミノ酸配列)ではなく「参照抗体との競合」という機能的特性によって特定されたクレームについて,動物免疫法等の技術常識を踏まえて進歩性・サポート要件・実施可能要件をいずれも肯定した点で,バイオ医薬品分野の機能的クレームの許容範囲を示す重要な裁判例である。