AI概要
【事案の概要】 本件は、原告サノフィが、被告アムジェン・インコーポレーテッドの保有する特許第5906333号(発明の名称「プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型(PCSK9)に対する抗原結合タンパク質」)について行った特許無効審判において、特許庁が請求項1及び5に係る無効審判請求は成り立たない旨の審決をしたことから、原告が同審決の取消しを求めた審決取消訴訟である。 本件特許は、血中コレステロール低下を目的とした医薬品開発に関わるものである。PCSK9は肝臓でLDL受容体(LDLR)と結合してLDLRの量を減少させることでLDLコレステロール濃度を上昇させるタンパク質であり、PCSK9とLDLRの結合を阻害する抗体は高コレステロール血症治療薬として有用とされる。本件特許の請求項1は、PCSK9とLDLRの結合を中和し、かつ、配列番号67の重鎖可変領域及び配列番号12の軽鎖可変領域を有する参照抗体(31H4抗体)と「競合する」単離モノクローナル抗体を、請求項5はこれを含む医薬組成物を、それぞれ機能的に定義した発明である。本件特許に基づく製品は、いわゆる抗PCSK9抗体医薬として実用化されており、本件訴訟は画期的新薬をめぐるグローバルな特許紛争の一場面といえる。 原告は、審決のうち、進歩性、サポート要件、実施可能要件の各判断に誤りがあるとして取消しを求めた。 【争点】 主要な争点は、(1)引用例(甲1。PCSK9とLDLRの相互作用に関する科学論文)及び周知技術に基づいて当業者が本件訂正発明1及び5を容易に想到できたか(進歩性)、(2)抗体の構造を特定せず機能のみで定義された請求項が発明の詳細な説明に記載された範囲を超えていないか(サポート要件)、(3)当業者が明細書の記載に基づき本件発明の抗体を作製・使用できる程度に記載されているか(実施可能要件)の3点である。 【判旨】 知的財産高等裁判所は、原告の請求をいずれも棄却した。 進歩性については、甲1はPCSK9とLDLRの相互作用阻害物質を探索する動機付けを与えるにとどまり、特定の参照抗体(31H4抗体)と「競合する」という構造的特徴を有する中和抗体を導き出すものではないと判断した。本件訂正発明1の抗体は、動物免疫法における強力な免疫計画、投与部位の交互切替え、アジュバントの交互使用、ビオチン化による固相化法、変異型PCSK9を用いた高基準のスクリーニング系など、本件明細書記載の特定の手法により初めて取得可能となったものであり、周知慣用技術のみでは参照抗体と競合する結合中和抗体を取得することはできなかったとして、容易想到性を否定した。 サポート要件については、特定の結合特性を有する抗体を得るためにアミノ酸配列をあらかじめ特定することは必須ではなく、本件明細書の免疫プログラム、スクリーニング及びエピトープビニングアッセイを繰り返せば、当業者は参照抗体と競合する様々な中和抗体を得られると認識できるとし、請求項1及び5は発明の詳細な説明に記載した範囲内にあると認めた。 実施可能要件についても、同様の理由から、当業者は過度の試行錯誤を要することなく本件訂正発明1の抗体及び本件訂正発明5の医薬組成物を作製・使用できるとして、適合性を認めた。 以上より、本件審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由はいずれも理由がないとして、請求を棄却した。本判決は、機能的クレーム(機能のみによって発明を特定する請求項)で記載されたバイオ医薬品特許について、進歩性・サポート要件・実施可能要件のいずれをも肯定した事例として、抗体医薬分野の特許実務上重要な意義を有する。